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デウス・エクス・牧田

作者: 大日小月
掲載日:2026/01/30

 俺は八代目の魔王になった。

 魔王城内の執務室にある姿見を見ると、映るのは様々な種族が混じった二足歩行の魔族が黒いローブを纏っている姿。

 吸血鬼のような青白い肌と鋭い牙を持ち、銀色の髪とエルフのような長い耳、竜の角と翼。目は青い肌と反対に赤く光る。ローブの下に隠れているがクラゲかなにかの触手も生えている。


(実感が湧かない)


 記憶にはないが前世の俺、牧田という日本人の肉体は死んだみたいだ。魂だけが生きていたため、居場所を求めて魔王の体に流れ着いたらしい。

 憑依直後に魔王の知識や経験が頭に流れ込んできたので俺が置かれた状況がわかった。


 この憑依先の魔王というのはオークやゴブリンといった魔族をまとめあげて魔族国家を作り上げた伝説の存在らしい。

 長年の研究と鍛錬により不老不死の体を手に入れて次々と魔族を攻略していき、ついには人間種側が魔族と呼称する種族を全て支配下においた。


 しかし、体は不老不死でも魂はそうはいかなかったみたいで、それに気づいた魔王は憂慮した。魔族国家は魔王の圧倒的力による独裁だったため、魔王が倒れた時には内乱で崩壊するのが目に見えていたからだ。


 そこで初代魔王は考えた、魂を他所からもってきてソイツに魔王として統治してもらおうと。元々研究が好きで、不老不死を追い求めて実際に成功させたくらいだ。魂を呼び出すことは容易だった。

 そうして魂の引継ぎによる統治は成功し、魔王の魂亡き後も新たに憑依した魂が魔王としての役目を果たした。およそ千年の間、魔族国家を七代に渡って運営してきたのがその証拠だ。

 そして、七代目の魂が消滅して、俺が代わりに目として憑依した。


(なんで俺なんだろうな)


 歴代の魔王の魂残してきた功績を探ると、国を興した初代は別格としても二代目以降も傑物だらけだ。バラバラだった領土の整理から始まり、農業や牧畜の普及、社会制度の整備、工業化、その他諸々。そんな彼らが築きあげてきた国に俺が手を加えるところはないように思える。


 ○


 魔王の知識は引き継いだが、外付けのハードディスクを参照しているような感覚で実感がこもったものではない。

 知識と照らし合わせるためにも現地に視察することする。


「メイジーよ、おるか」


 先代の魔王の口調を真似て秘書の名を呼ぶ。


「は、ここに」


 魔王の執務室の一角に秘書や幹部クラスをいつでも呼び出せるように転移地点がある。

 呼びかけに応じてカラスの羽を背負った美女が現れた。額には赤い宝石埋め込まれている。


「視察にいくぞ」

「かしこまりました。どこに行かれますか」

「……全部だ」

「……っ! 承知しました。すぐに準備をいたします」


 俺の無茶ぶりにメイジーが一瞬驚きながら応える。記憶を辿ると、歴代の魔王たちも憑依直後に現状確認のために現地の視察に赴いていたらしい。そのため俺の唐突な指示にも対応できるみたいだ。

 一部では魔王の現地視察は変革の前触れと言われてるとかなんとか。


 ○


 地竜が牽引する竜車に乗って魔王城を出る。

 俺も秘書も空を飛べるが、豪華に飾り立てられた竜車で移動することで住民に王の威光を見せつける効果があるらしい。

 それに、自力で飛行できる魔族は多く存在するために飛行する場所や速度など様々な制限がある。魔王が空中を移動するとなると地上で移動するより周りへの負担と影響が大きくなるからやめた。

 先輩魔王たちが改正を重ねて今の形なったわけだ、尊重しようではないか。


 メインの通りは石畳、それ以外は土を踏みしめた道。人間種が利用するものとなんら変わらない道を行く。

 道中では畑で農作業に勤しむオークやゴブリンの姿が見える。棍棒ではなく農具を持っている姿は違和感があるが微笑ましい光景だ。

 監督役なのだろう犬の獣人が指示を飛ばしている。


「オークたちの労働時間は一日にどの程度だ?」

「日の出から日没までになります。労働時間が半日を超えないように徹底しております」

「うむ、ちゃんとやっているようでなによりだ」


 途中で秘書にあれこれと質問をする。歴代魔王から引き継いだ頭の中にある知識と実際の差異がないかを確認するためだ。

 引き継がれた知識というのは自分の記憶領域の中にもう一つ記憶領域を継ぎ足したような感覚で、定着した知識という感じではない。街並みを見ながら、質問をしながら、頭の中身と照らし合わせて己の血肉と昇華させる。


 ○


 魔王が作り上げた国はこの世界基準では発展しきった成熟国家と呼べるものだった。

 農業や牧畜が普及しており食料を国内で賄っており、略奪のために人間種へ侵攻する必要がない。警察組織や医療制度など社会制度も整っており国内情勢もおおむね安定しているといっていい。

 内憂外患に苦しむ人間種を尻目に平和を謳歌している。

 だが、一つ気になる点がある。


(オークやゴブリンの扱いがひどいな)


 力仕事や汚れ仕事はほぼ全て彼らが行っていた。それらの仕事は低報酬で長時間労働のようだ。反対に頭脳労働は獣人や悪魔が担い、報酬も高額。秘書にも確認したがこの世界では当たり前のことらしい。


 魔王が統一する以前はオークなどの知力は低いが数で勝る種族とヴァンパイアのような少数精鋭の種族が拮抗していた。

 しかし、国ができて社会制度が整えられると武力の価値が落ち、知的労働の価値が大きくなった。日本でも聞いたことある話だが、種族間の能力差が大きい魔族では致命的だった。

 オークというのは質より量で生きることが前提の種族だ、国が発展していくなかで個体としての能力が求められるようになり立場が追いやられてしまったのか。


(なんとかならないものか)


 ○


 一軍での出場機会はほとんどなかったが、俺は一応元プロ野球選手だ。唯一誇れるものは野球しかない。なので、野球を広めることにした。

 そのままのルールだと複雑で覚えられないため、ピッチャーが投げたボールをバッターが打ち、飛んだ場所によって得点が決まる野球盤方式にした。

 最初はよくわからず困惑していたが、ゴーレムを使役して実演すると徐々にオークたちも理解し始める。数匹程度だったがいつの間にかペナントレースができるくらいのプレイヤー数になった。


 歴代魔王により急速に国が発展した弊害として種族がもっていた固有の文化の多くが失われたことが挙げられる。代わりに台頭したのは絵画や劇の鑑賞といった一定の教養がいる文化だ。

 オークたちができる息抜きが少ないこの世界、野球がその役割を担ってくれることを切に願う。


 ○


 野球盤方式から徐々に発展をして前世の野球へと近づいていく。野球のルールをオークが覚えられるとは思っていなかったから埒外の幸運だ。

 順調に思われる野球の普及だが、よく思わないものもいるようだ。


「野球が嫌いか?」

「い、いえそういうわけでは。ただ、魔王様が直々に手ほどする必要はないものかと」


 秘書から返ってきた言葉には言外に”下等生物如きに”というニュアンスが混じっている。

 種族間の差別意識は色濃く残っている、というより国が発展するにつれてより強くなったといった方が正しいか。

 知能のある種族とそうでない種族がはっきりとしているのだ、無理もない。


(意識を変えないとダメだな)


「メイジーよ、魔王として命じる。其方には監督としてオークたちを率いて一番強いチームを作り上げたまえ」

「はっ! ……はっ!?」

「オークという種を、野球という娯楽を直に触れて学んでくるのだ」


 秘書以外にも何人か見繕って送り出す。これで何か変わってくれたらいいのだが。


 ○


「オークたちにも個性があるものなのですね。見分けがつくようになってきました」


 オークチーム対ゴブリンチームの試合を観戦しながら秘書のメイジーが言う。監督としてオークに接し続けた効果が出たようだ。


「今打席に入っているズガルという名のオークが、我がチームの看板選手になります。パワーとミート力、ともに抜きんでています」


 自慢げに語る秘書を見て俺も嬉しくなる。

 種族間の差別意識というのはお互いの無知が一つの要因みたいだったようだ。時間はかかるが案外解決できるかもしれない。

 

 ○


 どうも最近人間種の動きがきな臭いらしい。

 野球に使うバットの原料は木でできており野球の普及によって木材の消費が増えた。そのため、人間種との領域が近い森からも調達するようになった。その調達過程で人間種の動きが活発になっていることを掴んだようだ。


 戦争の準備をしているのではと幹部たちは騒いでいる。

 以前から小競り合いは何度も起こっているが果たして今回はどうなのか。初代魔王が統治してから国内では勿論のこと、人間種との間にも大規模な争いは起きていないため判断が難しい。


 種族間の差別意識が薄れてきて国内がより平和になっているところだ、お互いに余計なことはしないでほしい。


 ○


 戦争が始まった。

 相手は人間種、どちらが先に仕掛けたのかは正直わからない。お互いが相手から仕掛けてきたと主張しているからだ。

 人間種との戦争は魔族が国として統一されてから初めてのこと。何故俺の代で起きてしまったのか。


 魔王がもつ万能な魔法を俺も使えるが、単騎で人間種を相手にできるものではないし、したくもない。

 相手を倒さず沈静化させる魔法があればいいのだが、レパートリーにはない。

 レパートリーにない魔法は知っているものに教えを乞うか自身で開発するかだが、前者は立場的に難しい。後者はいくら魔王の知識を引き継いだところで俺自身の頭のできでは開発までは現状できない。


 どうか双方が消耗しきる前に手打ちにしたいところだ。


 ○

 

 戦場の後方にある司令部に俺は偉そうに座っている。鏡には遠見の術で映し出された前線の映像。

 犬の獣人が号令を飛ばし、オークはそれに従い動く。


「魔王様がヤキュウとやらにご執心していると聞き及んでいましたが、私が浅慮でしたな。あのオークが指示に従って隊列を組めるようになるとは。これはヤキュウをもっと広めなければ」


 幹部の一人が己の非を恥じる。


 しばらくして人間種側から遠距離攻撃がくる。

 人間種が放った魔力のこもった弓矢や投石をオークたちが巧みに避ける、受ける、そして手に持った棍棒で打ち返す。

 オーク隊を崩してから前進してこようという魂胆だったようだが、失敗に終わった。


「足止めできたら御の字のオークどもがこうも戦力になるとは。この分ではワシらの出番はなさそうじゃの」


 戦士団長のリザードマンはすっかりリラックスモード。

 

 弾幕をやり過ごしたオークたちが一気に前進する。弾切れ中の人間種はパニック状態でやれられるがままだ。


「娯楽に見せかけて着々と戦力増強に努めていたとは、流石魔王様です」


 誰かが俺を称える。

 違う、そんなことのために野球を広めたんじゃない。


「戦力強化だけじゃなくて監督経験を通してオークの個体の識別ができるようになったのも大きいですわね。指揮を執りやすいですもの。流石魔王様」


 監督経験のある幹部が言う。

 やめろ、俺を褒めるな。


「先見の明でしたな」

「ハト派の臆病者どももこれでしばらく黙るでしょう」


 司令部はすでに戦勝モード。

 俺が望んでいたものではない。

 俺はただ野球を通して平和な世界にしたかっただけなんだ。


「流石魔王様」

「ご慧眼です」

「お見事ですわ」


 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。



 ●



 魔族と人間種との大規模な戦争は魔族の圧倒的勝利で幕を閉じた。

 戦後、魔族側では勝因である野球の普及がより進められ、人間種側でも野球の研究が進められることとなった。

 一方、創始者である魔王は中身でも入れ替わったように野球へ熱を注ぐことがなくなった。

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