恋と音楽
brillrante:華やかに、輝かしく
そんな言葉がよく似合う人。僕の好きな人。
桃谷美玲。明るくて美しい。音楽の象徴のような人。
音楽には音楽用語というものが存在する。
それは、英語、イタリア語、ドイツ語と様々であるが、
すべては「音楽に愛を込めて」という昔からの音楽家の思いがある。
桃谷先輩は音楽が大好きだ。
僕はそんな桃谷先輩が大好きだ。
これは一方的な片思い、決して交わらない。
「桃谷先輩!!」
「なぁに?どぉしたの?皇流歌くーん」
「なんで今俺の名前、フルネームで呼んだんですか?」
「いや、君の名前響きがよくて好きなんだよ。」
僕は不覚にもドキッとしてしまった。
いやいや、名前の響きが、”好き”だから。何勘違いしてんだ。
「桃谷美玲先輩!」
「はぁい?」
「どるせ?ってどういう意味の音楽用語ですか?」
「どるせ…あぁ!ドルチェね!優しく、やわらかく、だよ。」
読み方間違えてたのか…恥ずかしい。
「ありがとうございます!先輩!」
「いいよぉーまたいつでも頼りなね!部長は流歌君の味方だよー」
そんな冗談を…。
僕は桃谷先輩と別れ、自分の練習場所に戻る。
美しい桃谷先輩の話声はとても穏やかで、dolce のように優しく、やわらかかった。
いつものように皇流歌君は私に話しかけてくれる。
少し変人と部内で浮いている私に。
慕ってくれている。でも私の感情は後輩先輩の域を超えている気がする。
私はこの子が好き。
自分では気づいていなさそうだけれど、
かわいがられやすい所も、見栄を張って音楽用語を使ってみようとして、
発音を間違えてしまっているところも、
練習熱心で、黙々の自分の技術向上に力を入れているところも。
可愛らしい、愛おしいな、と思ってしまう。
彼は、私のことなんて好きでも何でもない、
ただの先輩なのにな。
期待してしまうんだ。
片思い。片思いで終わってしまう恋なんだ。
来年先輩は高校受験を控えた受験生になる。
ごく一般の公立中学だから、文化祭で先輩たちは卒業、退部だろう。
僕は先輩と音楽がしたい。隣に居たい。
想いを伝えるほどの勇気もないくせに、そう思ってしまう。
なんて馬鹿で短絡的なのだろうか。
桃谷先輩は12月におこなわれたソロコンテストで金賞を受賞した。
彼女は「Bozza:Aria」という曲を演奏していた。
まるで自分自身を表現するかのような美しく華のある音色。
アルトサックスで表現するとは思えないクラシックチックな上品さ。
なんて美しいのだろう。nobilmente:上品な
そんな用語がよく似合うとても気品ある人。
僕は決めた。
桃谷先輩に思いを伝える。
絶対に。
ガラスのようで透明なこの恋が
どうか、どうか終わりませんように。
彼女の気品ある音を、僕の心を打ちぬいたような演奏を、
隣でずっと聴いられますように。
冬も本格的な寒さになってきた。
私は、流歌君、彼に想いを伝えるべきか否か判断に苦しんでいた。
部活は本気でやっている。勉強もだ。
でもそれだけでは足りない。
流歌君と本気の恋をしたい。
私の中で恋は音楽だ。
恋は奏でるもの。
音楽とは人間の感情を音として響かせ、奏でる芸術。
音楽=恋=人間
私は彼に告白する。
あの桃の花もいつかは散るけれど、
この儚い恋はどうか音とともに消えていきませんように。
どうか、どうか、願うばかりです。
桃谷先輩を呼び出そうとしたら
逆に呼びだされてしまった。
流歌君を呼び出そうとしたら
逆に呼びだされそうになってしまった。
そういえば、桃の花、散っちゃったな。
「先輩、お話って何ですか?」
「実はね、私、流歌君のこと…」
何だろう、嫌いとかだったら僕の心は粉々になってしまう。
「す…」
ちょっと待って。それは僕から言わなきゃいけない。
「待ってください。」
「えっ」
先輩が今にも泣きそうな顔をしている。
こんな表情、させるつもりじゃなかったのに。
「それは俺のほうから言わせてください。桃谷先輩、」
「好きです。付き合ってください。」
とても恥ずかしかった。
「うん。」
「え?いいんですか!?」
「いいよ。ありがとう。」
先輩の顔は少し赤らんでいた。
目元はこすったせいか少し腫れていた。
「これからも、よろしくね。」
「大好きだよ。流歌」
ニコリと微笑んだ彼女はとても美しかった。
「はい!」
僕は威勢のいい返事をした。
amabile:愛らしく、愛おしく。
brillrante:華やかに、輝かしく。