【9話】レオン様と王都へ
その日、私とレオン様は王都へ向かっている馬車に揺られていた。
以前にレオン様が言っていた、王都のお菓子屋さんでケーキを食べよう、という提案。
王都へ向かっているのは、それを叶えるためだ。
「楽しみですね! ケーキ!」
「本当に好きなんだな」
「もちろんです!!」
目的地はもう目と鼻の先。
ケーキ一色に塗りつぶされている私の心は、非常に舞い上がっていた。
それなのに……。
「そんな………………嘘でしょ。閉まってる」
お菓子屋さんの扉はぴっちりと閉まっていた。
なんでも、店側の方でトラブルがあったとかで急遽営業を休止しているらしい。
再開するのは、一時間後となっている。
ケーキ……私のケーキが。
このときをどれだけ私が楽しみにしていたことか。
準備万端で来たのに、強烈な肩透かしを食らってしまった。
ガックリと肩を落とす私。
ここが外でなくキードルフ邸だったら、膝から崩れ落ちて涙を流していたことだろう。
「世界が終わったような顔をしているが……そんなに落ち込むことはない。一時間後に来れば、大好きなケーキをたくさん食べられるぞ」
レオン様の励ましが、ふっと私の耳に入る。
それはまさに光明だった。
……確かにレオン様の言う通りだわ。
そう、別に店が閉店した訳じゃない。
少し待てば、楽しみにしていたケーキを食べることができる。
開いてなかったショックが大きすぎて、こんな簡単なところを見落としていた。
今食べられないのは残念だけど、ここは我慢しましょう。
絶望していた心に明かりが差す。
レオン様のおかげで、私は立ち直ることができた。
「ありがとうございます。なんとか希望を持てるようになりました」
「良かった。では店が再開するまで、どこかで時間を潰そうか。行きたいところはあるか?」
「そうですね……。急には思いつかないです」
「では、俺に付き合ってもらえるか? 行きたい店があるんだ」
レオン様は、社交パーティーに身に着けていくアクセサリーを探しているらしい。
それでアクセサリーショップに行ってみたいのだそうだ。
待っててね。一時間後に必ず会いに来るから……!
お菓子屋さんにしばしの別れを告げ、新たな目的地へと歩き出していく。
多くの人で賑わっている路上を歩いていき、私とレオン様はアクセサリーショップへ入った。
店内へ足を踏み込んだ瞬間、ゴージャスな雰囲気に包まれる。
分厚いガラスケースの中には、宝石を使用した指輪やネックレスが多数飾られている。
店員は皆礼儀正しく、来ている客層もまた気品が高い人ばかり。
この店はいわゆる、超高級店というやつだった。
店内を歩きながら、私は隣にいるレオン様へ話しかける。
「どういったものを探しているのですか」
「指輪にしようかと――」
レオン様の足が、ガラスケースの前でピタリと止まった。
その中に飾られているのは、エメラルドを使用したペンダントだ。
銀のチェーンの中心には、深緑色の大きなエメラルドが飾られている。
緑色の輝きは神秘的で、聡明な美しさを感じる。
「このペンダントが欲しいのですか?」
「……いや、そういう訳ではない。少し気になっただけだ」
「確かに凄い綺麗ですものね。目を惹かれるのも分かります。ですが、男性がペンダントを着けていくというのは……」
この国では、ペンダントは女性専用のアクセサリーとなっている。
男性が着けてはいけないという決まりはないが、人々には長きに渡ってすりこまれてきた常識というものがある。
レオン様がペンダントを着けて社交パーティーに出席したなら、悪い意味で注目を集めることになるだろう。
「大丈夫だ。分かっている」
少し名残惜しそうに言って、レオン様はガラスケースから離れた。
アクセサリーショップを出る。
ぐるりと店内を一周してみたが、結局レオン様は何も購入しなかった。
「買わなくて良かったのですか?」
「あぁ。すぐにいるという訳でもないしな。問題ない。では、君の目的を果たしに行こうか」
私の目的というのは、言わずもがな。
泣く泣く諦めたお菓子屋さんのことだ。
小さく微笑むレオン様に、私は大きく頷いた。