【5話】お月見の誘い
それから私は週に二回、紅茶を持ってレオン様の部屋を訪れるようになった。
本当なら毎日通いたかったが、レオン様は多くの仕事を抱えている。
迷惑になるようなことはしたくなかった。
お茶を持って部屋を訪れる私のことを、レオン様は大歓迎してくれていた。
もちろんそれは、心の声限定ではあったのだが。
そして今日は、レオン様の部屋を訪れる日。
コンコンとドアをノックすると、「入れ」という声が聞こえてきた。
「紅茶をお持ちいたしました。お茶をしましょう」
「……またか」
「失礼しますね」
部屋に入った私は、いつもみたくテーブルに座る。
レオン様は大きなため息を吐いて、執務机から腰を上げた。
気だるげな足取りでこちらへ向かってきて、私の対面に腰を下ろした。
「今日も貴様の相手をしないといけないのか」
【やったー! 今日もオリビアとお茶できる!】
「他にやるべきことはいくらでもあるだろ。暇な女だな」
【俺のために時間を割いてくれるなんて、本当に優しい子だ!】
口では罵倒。
心では絶賛。
まったく正反対の声を聞きながら、レオン様とお話を重ねていく。
その時間を私は気に入っていた。
心の中では、別人のような可愛らしいキャラクターになっているのが面白い。
それと、私のことをたくさん褒めて気遣ってくれる。
面白くて優しい。
そんな彼との時間は充実していて、とても楽しい。
こんな気分になったのは、人生で初めてのことだった。
結婚相手がレオン様で良かった。
そんなことを思ってしまうくらいに、私はレオン様との時間を楽しんでいた。
そんな日々が、ニか月ほど続いた日の夜。
私とレオン様は、食堂で夕食を摂っていた。
「今日も俺のところに来るとは……貴様はどこまでも暇人だな」
【今日も来てくれてありがとう! とっても楽しかったよ!】
対面に座るレオン様がいつも通りの罵倒を飛ばしてくるも、心の声もいつも通り。
今日のお茶も、いつも通り楽しんでくれたようだ。
ふと窓に目がいった私は、外を眺める。
今日は満月なのね。
数々の星々が光輝く空には、綺麗な満月が浮かんでいる。
うっとりするような、なんとも美しい景色だ。
「……貴様。俺を無視するとは良い度胸だな」
「申し訳ございません。外の景色があまりにも綺麗だったものですから」
「景色だと?」
レオン様は外を眺めると、つまらなそうに鼻で笑った。
「どこが綺麗な景色だ。くだらん」
【綺麗なお月様だ! オリビアと一緒に月見なんてしたら、絶対に楽しいだろうな!】
「あ! 良いですね、それ!」
「……は? 何を言っているんだ貴様は?」
しまった……。つい、心の声と会話をしてしまったわ。
ごまかすように笑って、小さく咳払い。
そうしてから、
「このあと外に出て、一緒にお月見しましょう!」
と提案する。
「どうして俺がそんなことをしなければならないんだ」
「外の景色を、レオン様はくだらないと言いましたよね。でも別の場所から見れば、違う感想を持つかもしれませんよ」
「なんだそれは。そんなことは絶対にありえない。頭の悪い貴様に相応しい、愚か極まりない意見だな」
早口でまくし立ててきたレオン様は最後に一言、「だから、それを証明してやる」と付け加えた。
「…………えっと、それはつまり、私とお月見をしてくれるということでしょうか?」
「そ、そう言っているだろうが!」
うーん、それは分かりづらいような気が……。でもこれで、レオン様との約束を取り付けることには成功したわね!
心の声と会話してしまうというミスをしたものの、結局はうまくまとまってくれた。
お月見をしたらどんな声を聞かせてくれるのか、今からそれが楽しみだ。