【3話】レオン様の秘密
中途半端な覚悟で聞くことは許さない。
険しい顔をしているローエンからは、そんな強い意志を感じる。
怖い……けど、私だって遊びて聞いているんじゃないわ!
レオン様と仲良くなりたいという気持ちは本物だ。
ここで引き下がりたくはない。
「レオン様の本心を知ったわ。それで仲良くなりたいと思ったの」
「本心を知った、ですか。それはどのようにして?」
「実は私、人の――」
心の声が聞こえる――そう言おうとしたのだが、急に声が出なくなってしまう。
慌てて言い直そうとしたけど、結果は同じ。
スキルについて話そうとすると、ぶつ切りされたみたく声が途切れてしまう。
どうやらこのスキル、他者に話すことを禁じているらしい。
思わぬ落とし穴だ。
「どうされましたか?」
「……悪いけど、理由は言えないわ」
ローエンの片眉がピクリと動いた。
眉間の皺がさらに深くなっていく。
「……ほう。言えませんか」
「えぇ、そうよ。でも、私は遊びで言っているんじゃないの。本気よ……!」
わずかに吊り上がっているローエンの目を、じっと見つめる。
理由を言えない以上、私ができることといったらこれぐらいしか思いつかない。
本気だということを、少しでも分かってもらいたかった。
そんな無言の攻防が続いて、しばらく。
ローエンがゆっくりと頷いた。
「どうやら本気のようですね。奥様の覚悟、しかと見極めさせていただきました。引っかかるところはありますが……いいでしょう。お話いたします」
険しかったローエンの表情が元に戻った。
放っていた重々しい雰囲気も、徐々に消えていく。
「お察しの通り。奥様に対しての態度は、レオン様の本意ではござません。ではなぜ、そんなことをする必要があるのか。それは、ある人物にそう教えられてきたからです」
「教えられてきた? いったい誰に?」
「レオン様の父――ゼレブンタール侯爵家先代当主、ゼリオ様でございます」
ゼリオ様は、落ち目だったゼレブンタール侯爵家を一代で立て直したと言われている敏腕当主。
五年前に当主の座を息子であるレオン様に譲ってからも、実質的な決定権は未だにゼリオ様が握っているらしい。
「『私をもう一人作る』というのがゼリオ様の口癖。レオン様が幼い頃より、ゼリオ様自らが教育係となって様々な教育を施してきました。その中には、妻に対しての接し方、というものもあったのです」
『妻というのは弱みを見せればすぐに付け込む生き物。決して弱みを見せてはならない。常に罵倒し続けることで上下関係を徹底的に叩きこみ、相手の心を支配する。くれぐれも、愛している、などと言ってはいけない』というのが、ゼリオ様流の妻への接し方なのだそうだ。
レオン様はそんな教育を、幼い頃から二十歳になるまで毎日休むことなく叩き込まれていたらしい。
こんなことを言ったら失礼かもしれないが、ものすごく偏見に塗れた教えだと思う。
一度聞いただけでも、おかしい、と分かる。
けれどもレオン様は、そんな変な教えを忠実に守っている。
レオン様の教育にあたりゼリオ様は暴力を用いてきた。幼い頃より暴力を受けて来たことによる恐怖心は相当なはず。それゆえ、ゼリオ様の教えに逆らえないのでは――というのがローエンの意見だった。
ローエンの推察は恐らく正しい。
そう考えれば、レオン様の矛盾した行動のつじつまが合う。
「なんてひどいことを……!」
洗脳状態――という言葉がしっくりくる。
きっとゼリオ様の言うことなら、何でも聞いてしまうのだろう。
言ったことを何でも聞いてくれるゼリオ様の操り人形――それが今のレオン様。
『私をもう一人作る』、というゼリオ様のもくろみは、完璧な形で実現したという訳だ。
操り人形にするなんて最低だわ! 自分の子供のことをなんだと思っているのよ!
会える日を楽しみにしてたけど、もうそんなこと絶対に思わないわ!!
ゼリオ様はこの本邸では暮らしていない。
離れた場所にある別邸に五年ほど前に移って、今はひとりで暮らしているらしい。
だからこれまで、一度も会ったことがなかった。
でもきっと、素晴らしい人格の持ち主だと思っていた。
一代で家を立て直した敏腕ならば、懐の広さも大きいのではと勝手に想像を膨らめていた。
けどそれは、私の勝手な思い込み。真実はまったくの真逆だった。
「これがレオン様の抱えておられる事情です。それを知った今でもまだ、距離を縮めたいと思われますか?」
「逆よ。事情を知って、気持ちがより強くなったわ」
生半可な覚悟なら去れ。これが最後の通告だ――そんなことを言わんとしてきたローエンに、私はハッキリと意志を表す。
洗脳状態にあるレオン様と距離を縮めるのは、かなり難しいことだろう。
でもだからって、見て見ぬふりはできないわ!
「一度きりしかない人生を操り人形で終えるなんて、あまりにも可哀想じゃない!」
私が何をしたところで無意味なのかもしれない。
それでも、レオン様の事情を知ってしまった。
ただじっと指をくわえて見ているなんてことは、私にはできない。
「……奥様に事情を話したのは、どうやら正解だったようですな」
ローエンは優しい笑顔を浮かべた。
しかし、すぐに一変。
真剣な顔つきになると、
「レオン様の件、私からもお願いしてもよろしいでしょうか」
とお願いしてきた。
「ゼレブンタール侯爵家に仕えている私にとっては、ゼリオ様もまた大切な主君なのです。ですから奥様のしようとなさっていることを、大っぴらに応援することはできません。ですが、私の思いは奥様と同じです。どうかレオン様の心を解放してあげてください」
「ええ。レオン様と仲良くなれるよう、全力を尽くすわ!」
「お願いいたします」
気持ちのこもった声色でそう言ったローエンは、深々と頭を下げた。
さて、まずはどうしようかしら。
どうやってレオン様と仲良くなるのか。
その方法を模索するため、私は頭の中で思案を巡らせていく。