【17話】ゼリオ様からの話
私とレオン様はソファーに座り直し、ゼリオ様が到着するのを待つ。
顔が青白くなっているレオン様は、ずっと体を震わせている。
告白するつもりだったが、とても言い出せない雰囲気になってしまった。
今はゼリオ様が到着するのを、じっと待つことしかできない。
応接室の扉が開く。
扉の向こうから現れたのは、五十歳くらいの男性だった。
浅黒い肌に筋肉隆々の見た目は、豪快、の一言。
でもそれだけではない。
所作のひとつひとつに、気品の高さを感じる。
マグースのような薄っぺらさはどこにもない。
この人は本物だ。
彼は私たちのところまでやってくると、向かいのソファーにどかっと座った。
「久しいなレオン。元気にしていたか?」
「…………お久しぶりです父上」
「ゼリオ様、お初にお目にかかります。オリビアと申します」
「そうか」
ちらりとだけ私を見たゼリオ様は、素っ気ない返事をした。
そうして、再びレオン様に視線を戻す。
ぶっきらぼうなゼリオ様の態度は、お前の挨拶などどうでもいい、とでも言いたげだった。
「表が騒がしかったが、なにかあったのか?」
「ファビロ公爵家の遣いを名乗る物が共同出資の話を持ち掛けてきたのですが、そいつの正体は恐らく詐欺師。衛兵に突き出すため、身柄を拘束いたしました」
「ここの当主なら騙せそうと、そう思われたのだろうな。要するに、お前が舐められたのだ。まったくもって情けない。私が当主をしていた時は、一度だってそんなことはなかった」
「申し訳ございません。俺の力量不足です」
深々と頭を下げるレオン様へ、ゼリオ様はつまらそうに鼻を鳴らした。
たっぷりの嫌味が含まれている。
レオン様は何にも悪くないのに! 嫌な人ね!
ネチネチと責めるようなやり口は、性格が悪いとしか言いようがない。
思っていた通りの最低な人物だ。
「まぁいい。それよりも、だ。今日はお前とオリビアに、大事な話がある」
大事な話……。いったいなにかしら?
ゼリオ様がいることによってただでさえ引き締まっている部屋の空気が、よりシャープなものになっていく。
「レオン。隣国のムペード公爵家は知っているな?」
「はい。多大な軍事力を持ち、王族にさえ意見できる権力を持つと言われている大貴族です」
「そうだ。そこの令嬢との縁談話を持ってきた――というのがお前らへの話だ」
……縁談話。つまり、レオン様がその人と結婚するってことよね。…………え? どういうこと? だって、レオン様の妻は私でしょ?
この国では、重婚は禁じられている。
私と婚姻関係にあるレオン様は、別の相手と結婚できない。
子供でも分かっているような決まりを、ゼリオ様が知らないはずがない。
何を言われているのか、さっぱり理解できなかった。
「ムペード公爵家との繋がりを得たら、キードルフ家の力は急上昇するぞ。貴族界での発言権も増えることだろう。縁談話を獲得するのには随分と苦労したが、見合うだけの価値はある」
「……父上。ひとつよろしいでしょうか」
「なんだ? 言ってみろ」
「ご存知でしょうが、俺は既にオリビアと婚姻関係にあります。他の女性と結婚はできません」
「ずいぶんとくだらないことを言うではないか。そんな問題はすぐに解決できるだろうが」
「……どのようにして、でしょうか」
「決まっている。オリビアと離婚すればいいだけの話だ」
頭が真っ白になる。
なにか言わなきゃいけないはずなのに、なにも言葉が出てこない。
あまりに突然で、衝撃的だった。




