【16話】信じてくれる人
「話を受けちゃダメです! この人の正体は詐欺師です!」
「――!? い、いきなりなんてこと言うんですか! 失礼にもほどがある!!」
マグースは動揺するも、それは一瞬だけ。
すぐに立て直して、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げてきた。
「私が詐欺師だという証拠はあるんですか!」
「……そ、それは」
言葉に詰まってしまう。
痛いところを突かれてしまった。
心の声がそう言っていました! 、なんて言ったところで信じてもらえるはずがない。
というよりスキルのことを口外しようとすると、私の意思とは無関係に声が出なくなってしまう。だからそもそもとして、伝えようがなかった。
「それみたことか! 証拠もないのに人を詐欺師呼ばわりとは……! なんて酷い人だ!」
「確かに証拠はありません。でも……!」
隣に顔を向けた私は、訴えかけるようにレオン様を見上げる。
「この人が騙そうとしているのは本当なんです!」
「証拠もないのになんですかそれは? 失礼を承知で言わせていただきますが、どうやらあなたは錯乱しているようだ。正気とは思えない。これ以上はビジネスの邪魔です。席を外していただけますか?」
「お願いですレオン様! 私を信じてください!!」
「だから席を外してくださいよ! ゼレブンタール侯爵! あなたからも奥様にそう言ってください!!」
「……確か貴様はこう言ったな。『この世の中、信頼関係がなによりも大事』と」
確認しているかのように、ゆっくりと口にしたレオン様。
視線はマグースへと向いている。
「言いましたけど、それがどうかしましたか? そんなことより早く奥様を――」
「俺もまったくの同意見だ。であれば答えは既に決まっている」
レオン様が私の方へ体を向けてくれた。
それは、オリビアを選ぶ、という明らかな意思表示に他ならなかった。
証拠なんてなに一つない。
傍から見れば、マグースに言われた通り。私が錯乱しているのようにだって見える。
それなのにレオン様はマグースではなく、私のことを選んでくれた。
レオン様への熱い気持ちで、胸がいっぱいになっていく。
泣いてしまいそうになるのを必死で我慢する。
「俺は妻のことを世界で一番信用している。今日出会ったばかりの貴様と、世界一信用している妻。どちらの言葉を信じるかは明白だ。悩むまでもない」
「はぁ!?」
大きな驚きの声を上げたマグース。
先ほどは立て直したものの、今回ばかりはうまくごまかせていない。
「いいのか!? 俺はファビロ公爵家の人間なんだぞ!」
「それがどうした? 貴様が何者であろうが、俺の答えは変わらない」
「…………これは驚いた。夫人だけでなく当主まで愚かだったとはな!」
ククク、と含みのある笑い声がマグースの口から上がる。
「我が主は情に厚いお人でね。俺が侮辱されたと知ったら、必ずや動くぞ! そうなったらゼレブンタール侯爵家はおしまいさ!」
身分証を両手で広げたマグースは、私たちにそれを見せつけるようにしてきた。
「お前らみたいな馬鹿でも分かるように言ってやる! この家が助かる道はたった一つ。契約を交わすことだけだ!!」
「脅しているつもりか?」
激しくまくしたてられるも、レオン様はまったく動じていなかった。
顔色一つ変えず毅然としている。
「そういえば、こんな噂を耳にしたことがある。偽造身分証の製造を生業にしている業者が王都にいる、とな。業者の腕は相当良く、そいつが作った身分証は本物と見分けがつかないくらいに精巧なつくりをしているそうだ」
「――!?」
マグースが大きく目を見開いた。
真っ赤だった顔色が、みるみるうちに青く染まっていく。
その反応は、黒と認めている何よりの証拠。
心の声を聞くまでもなかった。
「貴様の身柄は衛兵に引き渡す」
「おいおいおい!? そんなことしてみろ! 俺の主が黙ってねぇぞ……! いいのか!」
「構わん。その時はそのときだ」
「……クソッ! うまくいくと思ったのによ!!」
マグースが出入り口の扉に向かって走り出した。
足をバネのようにしならせ、とてつもないスピードで駆けていく。
人間離れした動きだ。
でもレオン様の速さは、さらに上を行っていた。
すぐにマグースに追いつくと、あっという間に床に組み伏せてしまった。
すごい……!!
レオン様の動きに私は圧倒されていた。
こんなに素早く動ける人を私は見たことがない。
マグースとは格が違っていた。
「旦那様、奥様! お怪我はありませんか!」
ゼレブンタール家の私兵、数名が部屋に入ってきた。
大きな音がしたので部屋に入ってきたそうだ。
「問題ない。それより、この男を衛兵に引き渡して来い。こいつの正体は恐らく詐欺師だ」
レオン様は起こった出来事を、私兵たちに簡潔に説明する。
説明を聞いた彼らは、「ハッ! かしこまりました!」、と大きな声を出した。
マグースの身柄を受け渡された私兵たちは、引きずるようにして部屋の外へと連れ出していった。
「まったく……とんでもない災難だったな」
「レオン様。ありがとうございました」
「うん? なんのことだ?」
「マグースではなく、私を信じてくれたことです」
「そんなの当たり前だ。礼はいらない」
さも当然のように言ってくれたレオン様。
なんとも嬉しい言葉に、私の決心が固まる。
……言おう。レオン様に私の気持ちを。
時間帯も場所も話の切り出し方も、なにひとつとして分からない。
でも、確かなことが一つだけある。
レオン様への熱い想いが、心の奥底からとてつもない勢いで湧き出ている。
この気持ちは止めるなんてことは、もうどうやったってできそうにない。
どうなるかなんて分からないけど、あとはもう突き進むだけだ。
「あの、レオン様!」
「うん?」
「私、あなたのことが――」
「レオン様!! 奥様!!」
応接室に入ってきたローエンが、大きな声を上げた。
こちらへ向かって、急いで駆けてくる。
「い、急ぎご報告しなければならないことがあります……!」
息は絶え絶え。
額には大量の汗がにじんでいる。
普段のローエンは落ち着いていて、常に余裕を持った振る舞いをしている。
こんなにも取り乱している姿は初めてだった。
「ゼリオ様がお帰りになられました。二人にお話があるらしく、今からこの部屋へお越しになるそうです……!」
「ち、父上が!?」
レオン様の表情が一瞬にして固まる。
強張ったその表情に浮かぶのは、焦り、怯え、恐怖。
それらの感情がめいっぱいに張り巡らされていた。




