海
エリーザベトは夫の葬儀の後、弟・デートヒリ大公の反対を押し切り、ドミニクの居城へ向かった。
エリーザベトが今すべきことだと思っている。
傷病兵のために僅かでも出来ることをする!それが大公家に生まれた公女としての役目であり、ドミニク元帥の妻としての役目だと思っている。
居城に着き、衣服を着替えた。
喪服として着用した黒いドレスではなく、白いドレスに替えたのだった。
持ってきた医薬品と連れて来た医師と共に、傷病兵が居る建物に入った。
戦は終盤だと聞いた。
敵艦隊をほぼ撃滅させたと聞いた。
「良かった……あぁ、安堵は早すぎますね。」
「いいえ、間もなく終わると思います。」
「そうですか………。」
「はい! それから、元帥の戦死をここの者たちには伝えておりません。」
「分かりました。」
部屋に入ると、血の匂いがした。
血の匂いが充満している。
呻き声を聞いているだけで辛くなった。
「皆、ドミニク元帥夫人がお見えになられた。
皆の傷を案じていられる。
元帥夫人は医薬品を持って来て下さったのだ。
医師も2人連れて来て下さった。」
「おお―――っ! 感謝します。元帥夫人。」
声を出せる者たちが喜んでくれた。
エリーザベトは声を出した。なるべく皆に届くように……。
「皆さま、此度の戦でご活躍下さり感謝しております。
夫・ドミニクの言葉をお伝えいたします。
生きて故郷に、家族の元に帰れ!
どうか、傷を癒して皆さまを待つ方の元へお戻りくださいませ。
ドミニクの願いでございます。」
「元帥………。」
「元帥、万歳―――っ。」
「元帥! 元帥の元でまた戦います。」
「まだ、戦えるぞ―――っ!」
「皆さま、先ずは傷を癒してくださいませ。
癒さねば戦えませぬ。
夫・ドミニクも………待っております。」
懸命に笑顔を作っていたが、涙は頬を濡らして落ちた。
その涙を拭い、エリーザベトは傷病兵を一人一人見舞った。
傷病兵の手を取りながら、話を聞いた。
「元帥はご無事だったのですね。」
「………はい。」
「良かった…。私は最後まで元帥のお傍におりました。」
「貴方が?」
「はい。」
「元帥は矢を受け、剣で傷も受けられておりました。
もう、駄目だと思った時でございます。
敵艦に……私たちが乗り込んでいた敵艦にフリーラン王国の軍艦が……
レオポルト王弟殿下が真っ先に乗り込んでくださった。」
「レオ………。」⦅レオ、貴方が?⦆
「直ぐに元帥と……多くの傷ついた兵をフリーラン王国の軍艦に収容して下さった
のでございます。
そのお陰で戻れたのでございます。」
「そうでしたか……。」⦅レオ……レオ、ありがとう。助けて下さって……。⦆
「……その後……フリーラン王国の軍艦にフリーラン王国の兵も戻りました。
ですが…………。」
「何かあったのですか?」⦅レオ、無事よね。貴方に何も無かったのよね。⦆
「……残られたのでございます。
否、戻れなかった………戻ろうとなさる前に……沈んでいった。」
それから、エリーザベトの耳には音が聞こえなくなった。
目の前も真っ暗になった。
気が付くと、その部屋はエリーザベトの部屋だった。
「エリーザベト様! お気が付かれましたか……。
良うございました。
お疲れだったからでございましょう。
どうか、ゆっくりお休みくださいませ。」
それからのエリーザベトは声を失ったままだった。
戦は4つの国の連合により敵艦隊の上陸を許さずに終わったと、弟・デートリヒ大公から聞いた。
声を失ったまま、エリーザベトは二人の子どもを育てた。
エリーザベトは遠い目をして海を眺めている時が往々にしてあった。
その目は海に何を見ているのか……人々は口々に「ドミニク元帥を想っておられるのだ。」と言った。
エリーザベトは今日も海を眺めている。