国葬
エリーザベトは、夫・ドミニク元帥の居城で夫に帰還を待ちたかった。
しかし、夫の願い通りに大公城に子らと共に夫の帰還を待っていた。
ドミニク元帥の居城は要塞城だから、大丈夫だとエリーザベトは夫に言った。
それでも、ドミニクは居城で待つことを許さなかった。
万が一、敵が上陸した際にはドミニクの居城で迎え撃つからだった。
エリーザベトは生まれ育った大公城で祈っていた。
兵の無事を、夫の無事を、この戦に勝って終わることを………。
そして、レオポルトの無事を………祈り続けていた。
祈り続けていたエリーザベトに報が入った。
「姉上。」
「大公殿下、何か………?」
「姉上、お気を確かに聞いてください。」
「……はい。」
「ドミニク元帥が負傷されました。」
「負傷……負傷で済んでいるのですね。」
「……はい。」
「夫はどこに居るのですか?」
「居城に……。」
「参ります!」
「姉上! 危険です。 ドミニク殿も喜ばれません。」
「行きます。」
「姉上!」
エリーザベトは弟に振り向くこともせずに、部屋を出て居城へ向かうべく侍女に用意させた。
「急ぎ行きます。 直ぐに馬車の準備を!」
「承知いたしました。」
「あの子たちのこと頼みます。」
「はい。」
「会わずに行きます。」
「はい。」
馬車の用意が出来て直ぐにエリーザベトは乗り込んだ。
馬車の中で「良かった。お命を取られなかった。ドミニク様、お約束お守りくださったのですね。帰って来るとのお約束を………。」と呟いていた。
そして、祈っていたのだ。
他の兵の無事を………そして、レオポルトの無事を祈り続けていた。
いつも暮らしている居城が変わっていたのだ。
居城の中に傷病兵が横たわっていたのだ。
「叔父上様がお作りになられた傷病兵用の建物……。
役に立っているのですね。」
「はい。」
「でも……戦が無ければ……この建物を使わずに済んだのですね。」
「……はい。
こちらでございます。」
通された部屋にドミニクは横たわっていた。
その姿を見てエリーザベトは軽傷だと思い込んでいた己を恥じた。
ドミニクの手を両手で包み込み、ただひたすらに祈り続けた。
⦅神よ。夫の命をお救い下さいませ。⦆と、祈り続けた。
一夜明けて、ドミニクの手が少し動いた。
見ると、ドミニクは目を覚ましていた。
「あなた……?」
「……………エリーザベト……か?」
「はい。ご無事で………ご無事で………。」
「…………エリーザベト、帰りなさい。」
「あなた?」
「ここは……危ない。」
「いいえ、いいえ。帰りません。」
「良く……聞いてくれ給え。エリーザベト………。
ここは危ないのだ。」
「あなたが起きられるようになられたら帰ります。」
「………君は………意外だな……頑固だ……。」
「あなた、お身体に障ります。おやすみを……。」
「……エリーザベト……伝えておきたいことがある。」
「あなた?」
「私を………助けて………。」
「もう、お止めくださいませ。お願いでございます。
どうか、どうか……お休みくださいませ。」
「元帥、お休みください。」
「エリーザベト……君と……結婚出来て……幸せだった……よ。
子どもたちを頼む。………頼む。」
「あなた私も幸せでございました。
………はい。あの子たちは大公城におります。
ご安心くださいませ。」
子どもを頼むと言ったきりドミニクは目を閉じた。
そして、それがドミニク元帥の最後の言葉になった。
エリーザベトはドミニクの身体に縋りつき声を出して泣いた。
確かに夫・ドミニクとの間に愛はあったのだ。
夫婦としての絆は確かにあったのだ。
夫の遺体と共に、エリーザベトは大公城へと帰って行った。
夫の死を幼い子どもたちには理解出来なかった。
4歳のヨーハンは分かっていない。
3歳のカロリーネに至っては、父親を起こそうと幾度も「おとうさま、おきて!」を繰り返していた。
ドミニクの身体を叩きながら……「おとうさま、ねんね、ね。」と笑顔で言う。
その姿を見た者は涙を禁じえなかった。
ドミニクの葬儀は国葬として行われた。
戦の最中でも行われたのだ。
その時、棺に入った父を見送る時にヨーハンが敬礼したのだ。
それを妹のカロリーネが真似て敬礼した。
多くの者たちは涙を流して、その光景を忘れられなかった。