ドミニクとの結婚
フリーラン王国はデュッセルドルク帝国、そしてフラン公国と相互協力および安全保障条約などを締結し同盟国に成った。
3国間で、どの国が上ということがない条約の締結をそれぞれの国が求め、その内容で貿易の協力と平和を維持するための協力と努力を行うことを第一とした条約だった。
戦争は回避できたのだ。
そして、エリーザベトが15歳になった日。
エリーザベトとドミニク・フォン・オイレンベルクの挙式が執り行われた。
城の教会で……。
参列したのは帝国のハインリヒ4世夫妻、そしてフリーラン王国からは国王になったフロリアン国王が新しく迎えられた王妃と共に……。
レオポルトの姿は無かった。
レオポルトは王弟になり、国王を補佐していた。
ただ、妃を迎えていなかった。
教会の鐘が鳴った。
荘厳な式を終えて、城のバルコニーから民衆の歓声に応えた。
「おめでとうございます!」
という言葉を幾度も耳にした。
あの結婚は誰も祝福してくれなかった。
でも、この結婚は誰もが祝福してくれている。
だから、これで良かったのだ……そう言い聞かせていたエリーザベトに夫となった21歳のドミニクが囁いた。
「私はあの日が初めてじゃなかったのだよ。」
「えっ?」
「義父上の養子になった後のあの日、初めて君に会ったのではないのだ。」
「どういうことですか?」
「それは、後で馬車に乗ってからね。」
「はい。」
詰め寄せた民衆に手を振って、城の中に入った。
そして、両親と弟、妹に挨拶してから晩さん会で多くの来賓・貴族からのお祝いの言葉を受けた。
ダンスをする時間になった。
新郎新婦のダンスを皮切りに、皆のダンスが始まるのだ。
「では、奥様……お手を……。」
「ドミニク様!………ご一緒させて頂きますわ。」
夫の腕の中に居る。
ダンスをしているのは夫なのに、エリーザベトは別れの日のレオポルトとのダンスを思い出していた。
そして、いつの日か、忘れる日が来るのだろうかと思いながら、ワルツを踊っていた。
翌朝、クラウス元帥の元居城に馬車で向かった。
クラウス元帥の居城は、既に嫡男になっていたドミニクの居城になっていた。
ドミニクの名前も、ドミニク・フォン・オレインベルク・フォン・フランに変わっていた。
馬車の中でドミニクは話し始めた。
「あの話の続きをしようね。」
「はい。伺いたいですわ。」
「ずっと前、私が10歳の時に君に会ったのだ。」
「えっ? 私に?」
「君は知らないよ。私が叔父上にお頼みしたのだ。
叔父上の養子として相応しいか見極められるために引き取られた時……
叔父上はお話になった。
養子になったら、公女・エリーザベト様と婚約するのだ、と……。
それで、私はお願いしたのだ。
エリーザベト様に会わせて下さい!と、ね。
叔父上はお困りになられたことだろう。
それで、城に上がりフラン大公への謁見の後に……
私を庭園にお連れになって、物陰からコッソリ覗いたのだ。」
「まぁ……。」
「許しておくれ。私も幼かったのだ。」
「いいえ、叔父様の…なさりようが……。」
「叔父上は私に合わせて下さったのだ。
……君を見た時に思ったのだ。
……綺麗だ。と、ね。
君の黄金の髪が風に……揺れていた。
とても愛らしくて、幼かった貴女が心に深く残った。
貴女はまだ4歳で、妹にしたいと願ったのだ。」
「いもうと?」
「そうだよ。まだ10歳なのだからね。私はその時……。
あんなに愛らしい子を、私は守ってみせると心に決めた瞬間だった。」
「そうでしたの?」
「それから、度々私は貴女の姿を見に行った。」
「まぁ……存じませんでしたわ。」
「君に存じられては困るのだよ。コッソリ姿を見に行ったのだから……。」
「また、コッソリでございますか?」
「悪かったね。でも、貴女の姿をこの目にしたかったのだ。
2度目、3度目と重ねていくうちに、私は貴女を妹ではなく妻にと願うようにな
った。
そして、貴女に会える日がやって来たのだ。
私の喜びが分かるだろうか……。
だから、妻になってくれただけで私は幸せだよ。」
「ドミニク様……。」
「君の心まで欲してはいない。君の心を私は守りたい。
それだけは覚えていて欲しい。」
「ドミニク様……私は……。」
ドミニクの指がエリーザベトの口に当てられた。
そして言ったのだ。
「心は自由だよ。
心の中に誰が住んでいても、誰も非難できない。
心の中だけなら……誰も傷つかない! いいね。」
「……はい。」
「私は……こんな愛し方しか出来ない。
君を縛り付けたくはない。
だが、結婚したこと自体が君を縛り付けてしまった。
許して欲しい。
婚約をしないという選択は……私になかった。」
「……ドミニク様……。ともに歩んで参ります。」
「エリーザベト……ありがとう。」
この後、エリーザベトはドミニクとの間に2人の子を授かった。
男子1人、女子1人。
ドミニクは義父・クラウス元帥と同じ道を歩んだ。
エリーザベトの両親も叔父も戦火によって命を奪われることなく天寿を全うした。
エリーザベトは、あの過去が今となっては夢の中の出来事のように思えている。
それでも、斬首刑の恐怖、愛妾・リヴィアの言葉、刑執行時の夫・レオポルト国王の姿を忘れることは出来なかった。
そして……この世のレオポルト王弟殿下のことも………心の奥深くに静かに想いの灯を点し続けている。