フリーラン王国政変の終結
あの過去で戦争が起きた年になった。
エリーザベトが13歳の時だった。
2年に渡る戦争はデュッセルドルク帝国とフラン公国の敗戦で終息した。
その時が迫っているのではないかとエリーザベトは不安で押し潰されそうになっていた。
1ヶ月が経った。
何も起こってはいない。
⦅叔父様……海軍元帥である叔父が戦死したあの戦争。
海軍も陸軍もお父様が増強されている。
国境の備えもあの戦争の時とは違うはずだわ。
敗戦国にならなければ……そう思っていたけれども……
あの人が居るわ。フリーラン王国には……。
私は、あの人も失いたくない! 失いたくないのよ!
お父様も、お母様も、デートリヒも、シャルロッテも……
叔父様も、侍女たちも、近習たちも、兵たちも……
そして、ドミニク様も……誰も失いたくないの!
失うのは……失うのは嫌!……嫌よ……。
お願い……お願いだから……戦争など起きないで!
何もない普通の暮らしを……お願いします。
神よ! 全ての人の命を守り給え。⦆
2ヶ月が過ぎたある日、父へフリーラン王国国王からの使者が訪れた。
その場にフラン大公は、大公妃、クラウス元帥、ドミニク、そしてエリーザベトを同席させた。
「フラン大公に申し上げます。
我がフリーラン王国の王太子妃殿下がお亡くなりになられました。」
「なんと! なんと言った?」
「王太子妃殿下が刃に倒れられました。
王太子殿下と共に視察中のことでございました。
暴漢によって王太子妃殿下は命を落とされました。」
「暗殺なのか!」
「はい。」
「王太子殿下は? 王太子殿下のお命は?」
「暴漢が狙ったのは王太子妃殿下お一人でございました。」
「最初から妃殿下を狙ったと?」
「はい。」
「そんな………。」
「その直後、王太子殿下の王子様お二人のお命を狙った者がおりました。」
「王子様たちのお命は?」
「レオポルト王子殿下とシモン将軍のお手に掛かり、暗殺は未然に防げました。」
「良かった……幼き子が狙われるなど……あってはならぬこと!
それで、王太子妃殿下や王子様たちを狙った者は? 捕らえられたのか?」
「王太子妃殿下を狙った者は、その場で自死いたしました。」
「なんということ……。それでは分からぬではないかっ!
王子様たちを狙った者は? 」
「はい。そちらは捕らえましてございます。」
「良かった。その者達は誰の回し者だったのか?」
「まだ、ございます。」
「何? まだ狙われた王族が居るのか?」
「はい。」
「何方じゃ……。」
「レオポルト王子殿下にございます。」
「レオ!………申し訳ございません。」⦅……落ち着かないと……。⦆
「エリーザベトはデュッセルドルク帝国にてレオポルト王子と親しくさせて頂いて
おった故……。
使者殿は驚かれたと思う。許せ。」
「いいえ、きっとレオポルト殿下はお喜びになられることでございましょ
う。」
「して、レオポルト王子殿下はご無事なのであろうな?」
「はい。難を逃れられました。
王太子殿下が作られていた影武者によって……。」
「影武者を……そうであったか……。」
「レオポルト殿下は影武者を立てられました。
そして、ご自身はクローゼットの中に身を潜めておいででした。」
「うむ。」
「その時に、急に一人の近習が刃を向けました。
すぐに潜んでいたレオポルト王子殿下とシモン将軍が取り押さえられました。」
「そうか……ご無事なのだな。」
「はい。それから、その近習が自死しないように気を付けながら吐かせました。」
「うむ。……それで、分かったのか?」
「はい。今回の政変の黒幕を炙り出せました。」
「如何にして?」
「直ぐにレオポルト殿下の影武者を差し向けました。
外務大臣へ……。」
「外務大臣だったのか………。」
「はい。そして、外務大臣を訪れた時に、外務大臣の側近が動きました。
影武者に刃を向けたのです。」
「影武者は? その者の命は?」
「直ぐ傍に本物のレオポルト殿下が控えておいででございました。」
「では、レオが戦ったのですか?」⦅レオ……無事なの?⦆
「?……はい。レオポルト殿下が戦われましたが、殿下お一人では……。」
「して、レオは無事なのですか?」⦅レオ……レオ……無事で!⦆
「はい……ご無事でございます。
殿下の方が遥かに剣の腕が上でございますから……。
それに、シモン将軍と近衛兵も部屋の外に控えておりました。
直ぐに部屋の中に入りました。
決着がつくのは早く、外務大臣・ロレーヌ公爵を捉えました。」
「そうか……良かった。
して、何ゆえの暴挙ぞ?」
「取り調べにロレーヌ公爵は『血筋を守るため』と申して全てを話しました。
ロレーヌ公爵はフリーラン王国の正統な血筋だけにするため、外国の王女を王太
子妃には出来ないと考え殺害に及んだと申しました。
王太子妃殿下がお産みになった王子殿下お二人も……正統な血筋ではないと……
殺害を計画したそうでございます。
それは、レオポルト王子も同様でございました。」
「しかし、レオポルト王子殿下は外国の王女ではない。」
「はい、伯爵家の姪で、親の爵位は子爵でございます。
実は我がフリーラン王国は代々公爵家から妃を選ぶという不文律がございます。
暗黙の掟とも呼んでおります。
それを変えたのが王太子妃殿下を迎えたことでございました。
また、レオポルト王子は……国王に!とオベール将軍が担ぎ上げようとしたこと
それが大きいと思われます。
公爵家の血が流れていない……ことだけではなかったと取り調べに応えたそうで
ございます。」
「正当な血筋………たった、それだけか?」
「はい。」
「王太子妃殿下がお気の毒でございますわ。
ただ、見知らぬ国へ嫁がれただけでございますのに……
ご本人の願いで嫁がれたわけではございませんでしょう?
政略で嫁いで、血筋を理由に殺されるなど……お可哀想でございます。」
「刑の執行はもう済んでおります。
刑の執行を経てからのご報告と相成りましたことお詫び申し上げます。
最後に……国王からでございます。
同盟国に成ることが叶うのであれば幸いである。
是非ともご高察をお願い致したい。
以上でございます。」
「使者殿、ご苦労であった。
湯を浴び、食事を摂られ、ゆっくり休まれよ。
良く休まれた後に帰国の途に就かれよ。」
「使者にまで御配慮頂き、有り難き幸せにございまする。」
「ヘルマン。使者殿を部屋に……。」
「承知いたしました。………使者殿、こちらへ参られよ。」
「はい。
……では、ご厚意に甘えさせて頂きます。」
「ゆっくり、なされよ。」
「有り難き幸せ!」
「ささ、こちらへ………。」
「はい。」
頭を深く下げて辞した使者は身体を休めた。
そして、翌朝早くに帰国した。
帰国する使者にエリーザベトは小さな包みを渡した。
「これを……レオポルト王子殿下にお渡しください。」
「承知いたしました。」
「無事に帰国されますよう祈っております。」
「公女様……。お心遣いありがとうございます。」
レオポルトへの包みには、押し花、そして手紙が入っていた。
手紙には「貴方を深く愛しています。でも、私は公女として生きます。この手紙を最後にします。私はレオの幸せを心から祈っております。どうか、どうかお身体を大切になさって、どうか、どうか……お幸せにお暮し下さいませ。」と書いた。
手紙の最後に「愛するレオへ…… リシーより」と書いた。
この手紙を書くのに、エリーザベトは勇気を振り絞って書いたのだった。
このフリーラン王国の政変でエリーザベトが知ったことが他にもあった。
フロリアン王太子妃が残した王子二人の名前だった。
第一王子・アンリ、そして第二王子・フィリップだった。
あの過去でエリーザベトが生んだ二人の息子の名前と同じだった。
エリーザベトは思った。
⦅変わったのかしら? 全てが……。
このままなら戦争は回避できるかもしれないのね。
アンリ王子、フィリップ王子はお母様を失ったのね。
それは、あの過去と同じだわ。
それだけは同じだわ。
後は……このまま戦争が無ければ全て変わるのね。
もう、私がフリーラン王国に嫁ぐことは無いのね。
あの人の妃になることは絶対に無いのね。無いのよ……ね。⦆