婚約
フラン公国の公女として、エリーザベトは6歳年上の男性との婚約が決まった。
父と父の弟によって定められた婚約だった。
公女であるエリーザベトは「嫌。」とは言えなかった。
結婚は努めであるから……。
ただ、その婚約者と初めて会った時、父の弟も同席した。
エリーザベトは叔父に会うなり、走って叔父に抱きついた。
抱きつきながらエリーザベトは大粒の涙を流していた。
「どうしたのだい? エリーザベト?」
「……叔父様……お元気なのですね。」
「あぁ……元気だよ。
元気かどうか聞かねばならぬのは私だよ。
エリーザベト、もう本当に大丈夫なのだね?」
「はい。私は………。」
⦅叔父様が生きておられる! あの戦争で亡くなられた叔父様が……
生きて……生きてお会いできた。叔父様……。⦆
叔父は海軍を率いている。
過去のあの戦争で、戦死していたのだった。
そして、叔父の後継者になった隣の青年も、あの戦争で亡くなっていたのかもしれない。
しかし、まだ安堵は出来ない。
あの戦争はエリーザベトが13歳の時に勃発したからだ。
戦争回避にはフリーラン王国の政治的な安定が不可欠だった。
エリーザベトの脳裏に、二人のレオポルトの姿が映し出された。
一人はエリーザベトだけではなく、フラン公国を滅亡させた夫・レオポルト。
もう一人はデュッセルドルク帝国で人質になっている第二王子・レオポルト。
そして、胸が苦しく痛みを感じた。
叔父に会えた喜びを感じつつ、エリーザベトはレオポルトに想いを馳せていた。
⦅レオ……様……もうお目に掛かることはございません。
私は今日初めてお会いした方の妻になります。
私は………貴方にお会いすべきではなかった……。
もうお手紙を頂戴しても、お返事は……届きません。
………レオ様……お許しください。⦆
生きている叔父の姿を見たエリーザベトは、周囲が驚くほどの喜び方だった。
叔父は驚きながら姪を抱き上げて頬擦りしている。
「エリーザベト、そろそろ叔父上に下ろして頂きなさい。
クラウス、今日はエリーザベトの婚約だよ。」
「そうでございましたな。兄上。
エリーザベト、もう10歳の挨拶を見たいよ。
見せてくれるね。」
「はい。叔父様。」
エリーザベトが美しいカーテンシーで挨拶をした。
それを見た叔父は「見事だ。」と言って、エリーザベトを抱き上げて頬擦りした。
「クラウス!」と兄・フラン大公に叱られた叔父はゆっくりエリーザベトを下ろした。
そして、ずっとその様子を見ていた青年を紹介した。
「兄上、義姉上、エリーザベト。
彼は私の後を継ぐドミニクだ。ドミニク・フォン・オイレンベルク。
私の妻の甥だ。」
⦅ドミニク様………。私と違って大人の方……私は子どもなのに……。⦆
「ドミニク、この子だよ。公女・エリーザベト。
君の婚約者だ。」
「お初にお目に掛かります。
公女・エリーザベト様におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。」
「エリーザベトでございます。」
ドミニクはエリーザベトより6歳年上の16歳。
10歳のエリーザベトから見たドミニクは大人だったのだ。
ドミニクは背が高くキャメルブラウンの髪、整った顔立ちで、優しい笑みをエリーザベトに向けていた。
既に海軍を率いる叔父の右腕になるべく軍務に就いていた。
定められた結婚までは、まだ月日が必要だった。
結婚はエリーザベトが15歳、ドミニクが21歳になった年に執り行うと定められていた。
会う前から全て定められていたのだ。
その夜、エリーザベトはレオポルト王子から送られた手紙を胸に抱いて涙した。
ベッドの中で声を殺して泣いていた。




