愛娘
父・フラン大公が城に帰って来たのは夜遅かった。
「おかえりなさいませ。」
「うん、戻ったよ。」
そう言い、フラン大公は妻のルイーゼ・フォン・ザクセンを抱き頬に口づけした。
3人の子ども達が「お帰りなさい。」と迎えると、妻を離して子ども達を年の順に抱きしめて額に軽く口づけをした。
「あなた、お食事は如何なさいますか?」
「頂こうか……。」
「はい。……シモーネ、用意をして。」
「はい。承知いたしました。」
「用意出来たら教えてくれ。
私は執務室に居る。」
「はい。承知しました。
……あなた……。」
「うん? なんだい?」
「御無理なさらないでくださいましね。」
「ありがとう。気を付けるよ。」
「……ヘルマン、執務室へ。」
「はい。大公陛下。」
執務室で大公はヘルマンに話した。
娘・エリザーベトを嫁がせることを……。
「公女・エリーザベト様を?」
「已むを得まい。終戦交渉での要求である。
直ちに取り掛からねばなるまい。
そなたは用意せよ。」
「承知いたしました。」
「妃とエリーザベトを執務室へ……。」
「承知いたしました。
直ぐにお呼びいたします。」
「うむ。」
執務室で大公は窓から外を眺めていた。
その目には幼いエリーザベトの遊ぶ姿が浮かんでいた。
扉をノックする音に続いて、ヘルマンの声が聞こえた。
「大公陛下、お妃様並びに皇女様、御出でにございます。」
「来たか………。」
「あなた、お呼びでございますか?」
「うむ。」
「こちらへ……。」
「はい。
……エリーザベト、いらっしゃい。」
「はい。」
「此度の戦では多くの兵を失った。
戦は負け戦であった。」
「負け戦………。」
「お母様。」
「大丈夫よ。エリーザベト。ありがとう。
それで、何の御用でございましょう。」
「エリーザベトを皇帝陛下の養女にする。」
「皇帝陛下の養女……それだけにございますか?
大公陛下……。」
「フリーラン王国へ皇女として嫁ぐことが決まった。」
「フリーラン王国………。」
「エリーザベト。」
「はい。」
「そなたはデュッセルドルク帝国皇帝陛下の養女になり、そして、フリーラン王国
の国王に嫁ぐことになった。
実質、人質である。
公女であるそなただけが成し得ること。
国のため、民のために嫁ぐ。
分かるな?」
「はい。」
「直ちにデュッセルドルク帝国に向かいなさい。」
「はい。」
「ドレスも何も皇帝陛下がご用意なさる故、身一つで向かいなさい。」
「はい。」
「別れの挨拶も出来ぬのでございますか?」
「急がねばならぬ。
弟、妹には今から一言だけ告げよ。」
「はい。挨拶をして参ります。」
「うむ。」
美しいカーテンシーをして執務室を出た娘を大公夫婦は見た。
「成人したようだな。」
涙に暮れている妻の肩を抱き、娘が出て行った扉を見つめた。