処刑
王妃・エリーザベトは第二子を出産した。
第二子も男子で、フィリップと名付けられた。
王太子・アンリには陸軍大臣であるオベール将軍が教育を主に担い、第二王子フィリップ公には海軍大臣であるシモン将軍が教育を主に担った。
教育については将軍以外も各大臣が名を連ねている。
夫である国王・レオポルトとの間に深く激しい愛があるわけではないが、夫を愛するようになったエリーザベトにとって、愛妾の元に居るばかりだった夫が妻の元に居る時間を増やしてくれたことに幸せを感じている。
そう、幸せだったのだ。この日まで……。
それは、急に訪れた。
祖国とフリーラン王国との間に再び戦が起きたのだ。
侵攻したのはフリーラン王国。
「申し上げます。王后陛下。」
「どうしました?」
「戦でございます。」
「戦! どの国と……。」
「王后陛下の…………。」
「フラン公国と?」
「………はい。」
⦅何故? どうして? 昨年も弟が王国に招かれて……。
悪くなかったはず……悪くなかった……はず……なのに……何故?
何があったの? 何が………。⦆
扉が荒々しく開けられた。
そして、そこに兵が立っていた。
近衛兵が……銃口を向けて立っていた。
「フラン公国公女・エリーザベトを確保する。」
「王后陛下を? 何故ですか?」
「フラン公国への密書を送っていた罪だ!」
「密書……そんなはずはございません。
全て内務大臣が検閲なさっておいででした。」
「その検閲で出て来たのだ。この城の内部を書き記してあったのだ。
それだけではない。………。」
「もう良い! 私をどうする気なのですか?」
「それは、陛下がお決めになられる。」
「……陛下が……そうですか……。参りましょう。」
「王后陛下!」
「今まで仕えてくれて本当にありがとう。
もう会えないと思うわ。
だから、この首飾りと指輪をあなた達に……。
貰ってくれるかしら?」
「陛下………。」
「本当にありがとう。さようなら……。
あの子たちのこと……お願いします。」
「……承知いたしました。
王后陛下! 私どもにとりまして、エリーザベト様だけが……
エリーザベト様だけが王妃様でございます。」
「ありがとう。」
「参れ!」
近衛兵に連れられて地下牢に入れられた。
何日経ったのだろう?
日の光が届かない地下牢は日が経つのも分からなくなっていた。
幾ら考えても分からなかった。
何故、戦になったのか………。
父、母、弟そして妹……生きていて!と何度も祈った。
涙しか出なかった。
ずっと泣き続けて、残した子を思った。
⦅死ねないわ。あの子たちを守るのは母の私だけ……私だけ……。⦆
地下牢を訪れる人は居なかった。
食事を届ける侍女だけだったのだ。
誰も訪れない地下牢に愛妾のリヴィアがやって来た。
「これはこれは……元王妃様。
ご機嫌麗しく……ふふふ……。」
「何か御用ですか?」⦅毅然とした態度でいなければ……。⦆
「ええ、お伝えしたくて参りましたのよ。」
「戦のことですか!」
「ええ、終わりましたの。」
「終わった。……陛下は?………陛下はご無事ですか?」
「ええ、無事にご帰還なさいましたわ。」
「そうですか……。良かった……。」
「貴女のご家族のことをお伝えに参りましたのよ。」
「家族……。私の……。」
⦅お父様…お母様…どうかご無事で! あぁデートヒリ、シャルロッテ。⦆
「ええ。貴女のご両親様と弟さんに妹さんだったかしら?」
「………覚悟はしております。」⦅この女にだけは泣き顔を見せないわ。⦆
「まぁ、涙一つお見せになりませんのね。
冷たい娘ですこと……。冷たい姉ですわね。」
「……早く仰いなさいませ。
そのために参られたのでございましょう。」
「面白くないわね! そうよ。貴女の両親も弟も妹も
みぃ~んな処刑されましたわ。
レオポルト陛下の前で………。」
「………そうですか……。」⦅お父様…お母様…デートリヒ、シャルロッテ。⦆
「どうして戦になったと思います?」
「分かりません。」⦅それを……分かっていたら……阻止したかった。⦆
「そうよね。最初から目論んでいたことですもの。陛下が!」
「目論む……?」⦅何を言ってるの?⦆
「そうよ。貴女が子を産み、その子をフラン公国に……王座に据えるの。
陛下はそのために貴女を王妃に迎えたのよ。
そして、少しずつ兵を潜り込ませて…一気に内部から倒す。
貴女はフラン公国を取るための駒だったのよ。」
「……………。」⦅……最初から……駒だった……人質よりも駒だったのね。⦆
「もっと嘆き悲しんだら如何? そんな顔を見るために来たんじゃないわ。
………いいわ。これから貴女の処刑を見られるのですものね。
嬉しいわ。
陛下に王妃として迎えて頂く前に……貴女の処刑を見せて下さるなんて……
なんて素敵なのかしら!」
「……………。」⦅結婚する前から決まっていたことなのね。処刑まで……。⦆
「何も言わないの? 言えないのかしら? ショック過ぎて……。
陛下は大喜びですわ。
鉱物がたくさん取れるフラン公国を欲していらっしゃったもの……。
では、さようなら……。
あ! 陛下は私がショックを受けるのは身体に良くないと仰って……。
私は別邸に参りますの。
陛下の愛を感じますわ。
では、もう二度と会わないエリーザベト! さようなら!」
リヴィアがドレスの裾を翻して地下牢を出て行った。
一人になったエリーザベトの頬を大粒の涙が流れた。
「お父様、お母様……可愛い弟・デートリヒ……まだ幼い妹・シャルロッテ……。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
もうすぐ、私も………傍に参ります。
………愛したのに……愛されていないことは分かっていけれども……
私はあの人の笑みが好きだったわ。
はにかんだ笑顔……優しい声……寂しげな横顔……全て愛おしかったわ。
でも、それはもう終わったのね。
いえ、始まっても居なかったのよ。」
最後の夜が明けて処刑が始まった。
民衆の前に引き出されたエリーザベトの黄金の髪は、その場で切り捨てられた。
首を台に差し出した時……愛した夫・レオポルトの高くあげられた右手が下りた。
「もし……もう一度やり直せたのなら私は同じ道を歩まないわ。
二度と誰も愛さないわ。」
斧が何度も首に振り下ろされた。
気を失うような激しい痛みの中、エリーザベトは意識を失った。
そして、何度も振り下ろされた斧がエリーザベトの命を奪った。
それでもエリーザベトの頭は身体から離れなかった。
刑の執行者は最後にナイフを使って離した。
その様子を国王・レオポルトは見ていた。
残酷な描写を避けずに書きました。
この処刑はギロチンが開発される前の刑の執行方法です。
ギロチンは当時では人道を考慮したものでした。
ギロチン以前の斬首刑は、処刑人の多くが精神を病んだと言われています。
処刑人の精神的な負担をなくすためにギロチンは生まれました。
でも、ギロチンでも苦しんで死んでいった者が出ました。
フランス革命でのことです。
それ以来、ギロチンが消えました。