解禁日当日
解禁日当日。
前日から何度も目が覚めた。
子供の遠足の前日のようだ。
家族を起こさないようにそっと冷蔵庫を開け、飲み物と氷をクーラーボックスに入れる。
解禁は解禁日の日の出からとなっている。
外はまだ暗く風が冷たい。
一旦寝室に戻り、もう少し休んでから行こうか。
いやいや。やめておこう。もう寝れるはずがない。
クーラーを肩にかけて、ほとんどの荷物は車に積んでいるため、竿や仕掛け入れを持って外に出て、そっと玄関の鍵をかける。
車のエンジンをかけ、解禁日に行っているいつもの場所に向かう。
道路脇の空き地にはすでに、見慣れた車が止まっている。
車のハッチバックを開け、中から鮎ブーツを出して地面に置いてから、短パンからウェーダーに着替える。
釣行後はパンツまで濡れている事があるため、下は短パンと決めている。
腰のベルトを付けジャケットを羽織る。ベルトに今年の鑑札を付けていることを確認後、鮎舟の紐の先のカラビナをベルトに取り付ける。
しまった、ハサミをジャケットに取り付け忘れた。今日は歯でハリスを切るしかないな。
麦わら帽子を被り、帽子の上に手網を乗せ、クーラーと竿、仕掛け入れを車から出して、車の中に忘れ物がないことを確認する。
大丈夫。
駐車した場所から、道路を横断し、堰堤を転ばないようにゆっくりと降りていく。
降りた場所から釣り場までは、雑木林があり、低木が密集しているが、解禁日までに誰か刈ってくれたようだ。
人1人が通れる、まだ新しい刈り跡が残る道を進んで行く。
急に視界が開けると同時に、そこには見慣れた顔がいた。
おはようございます。
名前は忘れたが毎年解禁日に会う。定年退職して釣り三昧の日々だと言う。
再会を祝した後、最初に何処から川に入るか確認し、よもやま話をしながら夜明けを待つ。
そのうち、まだ太陽は出ていないが、周りが薄っすら明るくなってきているようだ。
竿を伸ばしてハリスと錘、仕掛けを取り付ける。
取り付けているうちに、だいぶん明るくなってきた。
もう少しゆっくりして行ったらどうかとの声に丁重にお断りを入れ、自分が釣り始める場所に移動し川に足を踏み入れる。
まだ冷たいな
6月1日の川の水温はまだまだ冷たい。
何度か竿を振っているうちに待望の鮎が来る。
6月の鮎はまだ小さいため、ちょっと鮎の抵抗をいなしているうちに水面に上げることができる。
手網を前に差し出し、鮎を受け止める。
カツンと錘が、手網の縁に当たる音がして、鮎が川に落ち逃げていった。
やれやれ。一年経つとこのざまかよ。
自分の不甲斐なさに苦笑しつつ、手網に絡んだ針を外す。
釣り始め、やって来た次の当たりに反応し、慎重に手網を出していく。
最初の1匹だ。小さいのに胸びれあたりに追い星と呼ばれる黄色い印が見える。
鮎舟の紐を引っ張り、鮎舟を手前に手繰り寄せ、手網から鮎を握り鮎舟に入れる。
まずは一匹。
手が興奮で小さく震えているのがわかる。
よし、続けて行こう。
夢中になっているともう昼だ。
そこそこの鮎は取れた。今年はまずまず釣れる年になるかな。
広島市内に近いせいか、堰堤からTVのカメラが釣れるタイミングを狙っている。
納竿することにし、帰る挨拶をするため釣っている所へ向かい釣果を聞く。
先達もまあまあ釣れたようだ。夕方まで釣ると言うので別れの挨拶をして車に戻る。
型は小さいが塩焼きにしよう。子供達も喜ぶな。
初物を食べると寿命が伸びるというから、帰る途中に両親の家にも寄って行くかな。
そんな事を考えながら車のエンジンをかける。