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第2話 side 京香②

 真琴と初めてワンマイルをしてから三ヶ月が過ぎ、夏休みになった。あれから共通の趣味を持つ唯一の友達として、一緒に遊ぶ関係になった。部活がない真琴に対して私は部活があるため基本私から誘うのだが、楽しくてつい毎日のように声を掛けてしまう。


 真琴がいるといないとじゃゲームの印象が全然違った。悔しいだけだった敗北も「じゃあどうしよっか」と次への活力を与えてくれたし、勝つと子供みたいにはしゃいだ。

 最近は一人でゲームをすることが減った。真琴がいないと物足りなかった。


 だからこうして「もう寝ようか」と言ってゲームをやめたのに、ホーム画面のまま三十分も通話をしている。宿題が進んでないと嘆く私に、部活大変なんだねと真琴が心配してくれる。


 画面に並ぶ二人のキャラはお揃いの衣装を着ていた。あのイベントの報酬だ。自信がないからと長期戦を覚悟していたが、私達の連携が初めて組んだとは思えないほど噛み合い、初日で報酬を獲得できた。

 奇跡だよ! と最初に叫んだのは真琴だった。それまでずっと大人しそうにしていたが、あの勝利が二人の距離を縮めてくれた。


「宿題はちゃんとやる人間だったんだけどなー。これはあれだな、真琴のせいだな。一緒にゲームばかりしてるから」

「え、ごめんなさい」

「いや、楽しいからつい宿題のこと忘れちゃうって意味だよ?」

「あ、そっか」


 真琴がクスリと喉を鳴らす。

 ヘッドホン越しの会話は耳元で囁かれてるみたいでドキドキする。真琴の声は聞き入ってしまうほど心地良いから尚更だ。それを告げるとからかわないでと怒るけど、でも本当だから仕方ない。


「宿題は何とかするとして、明日も遊ぼ」

「あ、ごめん。明日は用事があるの」

「また? 真琴も忙しそうだね」

「ごめんね」

「ううん。じゃあ私は宿題進めようかな」


 真琴の用事が自身の配信だと知ったのはこの翌日だった。

 宿題が一段落し、動画サイトを眺めていたら偶然彼女の配信を発見したのだ。声だけでもわかったが、キャラの衣装で確信した。


 見つけた時点でいくつかアーカイブがあり、主にワンマイルの実況をしているようだった。

 配信の日付を見るに、チャンネルをつくったのは期末テストが終わった頃。来場者数は決して多いとは言えないが、途切れない程度のコメント数はあった。


 心臓が忙しく弾んでいる。聞こえてくる声は普段と同じなのに、これがライブ配信というだけで真琴が有名人になったように見える。ミーハーじみたことを考えてはニヤニヤしていた。


 どうせなら教えてくれたら良かったのに。しかし、こういうのは知人に見られたら恥ずかしいのだろう。なら私も見つけたことを教えてあげない。見逃さないようにこっそり登録しておく。


 次に遊んだときも、真琴は用事があると言った。案外熱心にやってるんだなと思った。新しいことに挑戦する彼女は素直に凄い。

 以前は断られると寂しかったが、代わりに配信があるという事実が私を満たしてくれた。


 たった数回の配信で私は彼女のファンだった。真琴らしい緩い空気や話を広げようと努力している微笑ましさだけじゃなく、隠れて見ているという背徳感がそうさせたのかもしれない。配信はだいたい九時に始まるから、それに合わせた生活をするようになった。


 見始めて何回目かの配信だった。雑談は学校の話題になり、真琴は言った。


『私、ぼっちなんだよね。学校に友達いない』


 スッと急所を刺されたようだった。【朝日奈は?】と咄嗟に打ったコメントを、すんでのところで消去する。思考は「なんで?」で埋め尽くされ、吐き気がした。口元を抑えた拍子に、吊り上がったままの唇に手が触れる。自分は先程まで笑っていたらしい。でもそれが何に対してなのかもう思い出せなかった。


 配信が終わったと同時に、アーカイブを一から見始めた。画面も見ずに倍速で流し、彼女の言葉を全部掬っていく。あの発言が何かの冗談であってほしい。どんな些細なものでもいいから、そう思わせてほしかった。


 関係ない発言は捨てるみたいに全部聞き流していった。私が見出した彼女の声の魅力を、私の手で無価値にしていくようだった。脳内のゴミ箱フォルダに、彼女の言葉が溜まっていく。


 数時間もアーカイブを見てわかったことがある。真琴は常習的に友達がいないことを嘆いているようだった。私が今日までそれを聞かなかったのは、運が良かっただけらしい。

 ただの営業トークであってほしかった。だけどリスナーに吐露する彼女は真剣で、他意があるとは思えなかった。


 文字だけのリスナーには悩みを吐けるのに、私のことは友達とすら思ってくれないのか。真琴にとって私は何? 自我を支えていたものがぐらつき、自分が何者なのかわからなくなる。


 それでも遊ぶ日になると真琴は私のもとに来た。

 気を許したように笑い、配信みたいに私の話を広げてくれる。勝ったときに喜ぶあの姿が、友達に見せるものでないんだとしたらなんなのだろう。彼女の本心を探すのに必死で、気づいたらいつも通りの自分を演じていた。


「明後日から学校か。やだなー」


 真琴の一言に、配信での記憶が蘇る。

 口端を吊り上げるだけで明るい声音になることを最近覚えた。


「学校嫌い?」

「うーん、家が好きってだけかな」


 誤魔化された。上辺の返答に顔をしかめる。

 リスナーと私は何が違うのか。私にも本音を言えよ。


「京香ちゃんは学校好きそう」と呑気な声が聞こえてくる。

 好きそう? それは私に友達が多くいるから? なら真琴の周りには誰もいないの?

 憧れと卑下は似ている。お前だけじゃ不十分だと責められているようだった。


「明日も遊ぶんだよね。宿題終わったし用事もないから何時でもいいよ」


 いっそ嫌味の一つでも吐いてくれたほうが楽だった。どんなに親しげな台詞を言われても、彼女は裏で孤独を嘆いている。

 何を間違えたのかわからない。わからないからこそ、自分の全てが間違いに思えてくる。


「ごめん、宿題終わってなくて。また今度にしよ」

「そうなの? ごめんなさい、気にせず遊んで。何か手伝おうか?」

「大丈夫。一人で終わる量だから」


『お前は友達じゃない』『お前といても楽しくない』。優しい言葉の影から幻聴が聞こえてくる。彼女の声は今の私には凶器でしかなく、耳を塞ぐように通話を切った。


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