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第6話 友情が芽生えそうな日②

 学校が終わってから俺は、鈴花にお願いして未亜の父親が社長を勤める会社へとやって来た。

 見上げる程の自社ビルで、セキュリティーも厳重だ。いくら実の娘でも、仕事中にアポなしで会えるとは思えない。それでも、会いに来たという既成事実だけは作っておきたかった。


「鈴花さんは、お父様の会社へは来たことあるの?」

「はい、桐生家で働くことが決まった時に一度だけ」

(私は初めてよ。来ようとも思わなかった)


 駐車場に車を置くと、鈴花を従えてビルの中へと入って行く。母親に会った時は喫茶店だったから、鈴花は車の中で待たせるしかなかった。でも、今回はビルなんだから、待たせる場所はいくらでもあるだろう。

 一階のフロアまでは、すんなりと入ることが出来たが、そこから先は大変そうだ。制服を着た女子高生がいきなり社長に会わせてくれと言っても、不審者だとしか思われない。

 受付嬢と向き合うと一応、笑顔を向けてくれる。


「どういった、ご要件でしょうか?」

「社長と面会したいんですけど」

「失礼ですが、お約束はございますか?」

「アポなしですけど」

「申し訳ございません。約束のない方とは、お会いすることは出来ませんので」


 まあ、予想通りの反応だ。早めに決着をつけないと、警備員に摘み出されるかもしれない。


「私が来たことだけでも伝えてもらえませんか?」

「申し訳ございません。お引き取り願えますか」


 俺は制服のポケットから学生証を取り出して、受付嬢の目の前に差し出した。


「社長の娘です。私が来たことだけでも伝えてください」


 受付嬢は学生証を手に取って、少し慌てた様子で確認する。それが娘であるという証拠にはならないが、社長の名前くらいは知っているだろう。

 メイドを従えていることが信憑性を増して、もしも本当だったらと思わせるには充分だ。


「失礼しました。只今、確認しますので少々お待ちください」


 学生証を持ったまま、受付嬢は内線電話を掛ける。


「今、こちらに社長のお嬢様だと仰る方が面会を求めておられますが、いかがいたしましょうか」


 受付嬢が最大の難関だから、用件さえ通れば後は何とかなるだろう。案外、スムーズに話しが進んでいるので、一先ずは安心した。


「はい、学生証を見せていただきましたが、椿が丘学園の物で間違いありません。桐生未亜様、ご本人です」


 受付嬢は内線電話を切ると、学生証を返してくれた。


「大変失礼いたしました。只今、秘書がこちらへ参りますので、ロビーでお待ちください」

「ありがとうございます」


 何とか、摘み出されずに済んだようだ。俺は鈴花と共にロビーにあるソファーの所まで行って座った。

 暫く待っているとエレベーターからスーツを着た女性が降りて来て、カツカツとヒールの音を響かせながら近寄って来る。


「未亜さんですね。社長秘書の斉藤です」


 本来ならここで名刺を差し出す場面だと思うのだが、相手が女子高生だとそんなことはしないようだ。いきなり親の仕事場へやって来る、わがまま娘だと思われたのだろうか。親戚の子供でも見るような目で、ニッコリと微笑んでいる。


「今、社長は大切な打ち合わせをしているから会うことは出来ないけど、私が代わりに話しを聞いて伝えておきます。場所を変えて、ゆっくりお話ししましょう」

「鈴花さんは、ここで待ってて」

「はい、分かりました」


 鈴花をその場へ残して、秘書の斉藤さんに付いて行きエレベーターに乗った。他に社員は乗っていないので、俺と斉藤さんの二人きりだ。


「以前に、お会いしたことありましたか?」


 操作パネルの前に立つ、斉藤さんの横顔を見ながら聞いてみた。


「初対面よ。どうして?」

「内線電話に出たの、斉藤さんでしょう?私のフルネームとか椿が丘学園の生徒だってこと、どうして知ってるのかなと思って」

「社長に聞いたことがあったからよ。お嬢さんのことが大好きなのね」

「そうですか」


 防犯上の問題から、娘の個人情報を世間話のように話したりはしないだろう。別にどうでも良い話しなので、それ以上は追求をしなかった。


 秘書の斉藤さんに連れられて、最上階の展望ルームへやって来た。

 制服を着た女子高生を相手に、応接室や会議室を使うのは問題があるのだろう。スーパーのフードコートをもっとお洒落にした感じで、話しをするには丁度良い場所だ。

 斉藤さんがICカードのような物を出して、天然果汁のジュースとアイスコーヒーを注文した。それを両手で持って、テーブルまで運んでくれる。当然のことながら、ジュースが俺の分でアイスコーヒーが斉藤さんの分だ。

 未亜の母親に会った時にコーヒーが飲めなかったので羨ましく思いながら、天然果汁をストローで吸い込む。そんな俺の様子を、向かい側に座った斉藤さんが満面の笑みで見詰めている。


「私の顔に、何か付いてますか?」

「近くで見ると、本当に綺麗な子だなと思って眺めてるのよ」

「近くで見ると…」

「お父様には、あんまり似てないのね」

「母親似ですから」


 穴が空くほど見詰められながら、三分の二ほどジュースを飲んだところで、斉藤さんの方から話しを切り出した。


「それじゃ、本題に入りましょうか。お父様に大切な話しがあったのよね」


 俺はストローから口を離し、姿勢を正して話しを始める。


「先日、母親が私に会いに来ました。私が勝手に話しをする機会を作ったので、そのことで鈴花さんを責めないでほしいということがまず一つ」

「鈴花さんって、あのメイドさんのことね」

「それから母親に、私を引き取って一緒に暮らしたいと言われました。その場では断りましたけど、連絡先は交換しています。お父様は私をどうしたいのか、正直な気持ちを聞きたかったんです」

「色々、悩んでたのね。私が責任を持って、お父様に伝えるから安心して」

「お願いします」

「どうしても、お父様と話しがしたい時は私に直接電話してね。また今日みたいなことになるかもしれないけど、必ず話しは伝えるから」


 そう言って斉藤さんはポケットからペンとメモを取り出すと、番号を書いて渡してくれた。それを自分のポケットに入れると、残りの天然果汁を飲み干してから席を立った。

 二人でエレベーターに乗って一階まで下りると、鈴花が待つロビーまで斉藤さんが前を歩いて先導してくれる。

 ソファーに座っていた鈴花は、俺の姿を見て立ち上がっていた。


「それじゃ、また会えると嬉しいわ」

「はい、ありがとうございました」


 そんな挨拶を交わすと、斉藤さんはエレベーターの方へと戻って行った。



 いつも未亜が就寝するという時間よりも、遅くまで俺は起きていた。パジャマ姿でドレッサーの前に座り、いつもベッドの隅っこに置いてある熊のぬいぐるみを抱っこしてみる。

 鏡に映った美少女の姿を見ていると、他人の体でも良いから生きていたいという誘惑に駆られてしまう。後悔するくらいなら、初めから助けたりはしない。何度、この言葉を自分に言い聞かせたことか。

 俺は天国へ行って、出来ることなら生まれ変わりたい。そして、もう一度人生をやり直したい。そのためには、未亜にこの体に戻ってもらわなければならないのだ。


「なんか、胸が張ってる感じがするんだけどな」

(生理前には体に変調があるのよ。ナプキンを忘れないで)

「言ってて恥ずかしくないか?自分の体だろ」

(恥ずかしがってるのは、葉月の方でしょう。何を考えてるのか知らないけど、早く桐生未亜として生きて行けるようになって、私を昇天させてほしいわね)


 俺が父親に会いに行ったことを、あまり快くは思っていないようだ。希薄な人間関係を修復したところで、それが自殺の根本的な原因でなければ、生きていたいという願望にはならないだろう。

 自殺の原因について、未亜は俺に話してはくれない。この先の人生を俺に押し付けて自分は天国へ行きたいのだから、それを思いとどまらせようとする俺との攻防戦と言えなくもない。


 壁に掛かった時計を見ると、もう日付が変わっている。もう、そろそろ限界だ。明日は授業中に睡魔に襲われることになるだろう。

 熊の頭の上に顎を乗せてウトウトしていると、廊下を人が歩いて来る気配を微かに感じた。ようやく、お出ましのようだ。

 ドアの前で少し躊躇していたようだが、暫くしてノックする音が聞こえた。


「はい」


 俺が返事をすると、ドアを開けて父親が入って来た。会社から戻って真っ直ぐに来たのか、スーツを着てネクタイも締めたままだ。


「まだ、起きてたのか。秘書から話しは聞いた」

「私のこと、ちゃんと考えてくれてるんだね」

「父親なら当然のことだ」

「そうじゃない父親だって沢山居るよ。お父さんは、どうなの?私がお母さんの所へ行っても構わないと思ってるの?」

「そう思っていたら未亜を、あいつから遠ざけたりはしないだろう」


 俺は立ち上がると、代わりに熊を椅子に座らせてから父親へと歩み寄る。向かい合うと言うよりは、手が届きそうな距離まで近付いて父親の顔を見上げた。


「はっきり言ってくれないと、分からないよ。お父さんの言う通りにするから、具体的に言って」

「いつも淋しい思いをさせて、申し訳ないと思っている。未亜が何も言ってくれないから、こちらで察するしかなかったんだ。お父さんのことが嫌いでなければ、このまま一緒に暮らしてほしい」

「うん、お父さんの言う通りにする。でも、たまにはお母さんに会ってもいいかな?もう子供じゃないんだから、どんなに誘われても付いて行ったりしないから」

「好きにすればいい。ただし、移動中に一人だけにはなるなよ。それ以外の休みの日も同様だ」

「うん、ありがとう」

「もう遅いから、早く寝なさい。明日は学校だろう」


 これだけ接近すれば、抱き締めるなり頭を撫でるなり、もう少しスキンシップがあっても良さそうなものだ。娘の部屋へ入って来るのに躊躇するくらいだから、さすがに自制心が働いたか。


「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 父親が部屋から出て行くと、俺はすぐに壁に掛かったリモコンでシーリングライトをスモールランプに変えた。そしてベッドへ潜り込む。

 熊がまだドレッサーの前に座ったままだが、明日の朝に退いてもらえば良いだろう。


(良かったわね、思い通りに事が運んで)

「俺が過ごしやすい環境を整えてるだけだよ。優しい人が多いのは、結構なことで」

(別に皮肉じゃないわよ。葉月に私の体を託して、良かったと思っただけ)

「それは未亜も、この結果を望んでたってことかな?」

(望んでないわよ。でも、悪い気はしないわね)

「そっか…」


 少しは効果があったかなと思いながら、そのまま俺は寝落ちして、静かな眠りに入っていた。


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