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第5話 友情が芽生えそうな日①

 朝が眠いのは仕方のないことだが、それに加えてこの体は冷え症だったり低血圧だったりする。

 魂だけになってしまった未亜は、そんな苦痛からは解放されたのだろうか。肉体だけでなく精神的にも、これ以上負荷が増えることはないと思っているから、俺に対しては饒舌なのだろうか。


「未亜様、学校へ到着するまでお休みになっていても大丈夫ですよ」


 車を運転しながら、鈴花がそう言った。電車通学に比べると車で送り迎えしてもらえるメリットは、確実に座れることと寝ていても構わないことだ。

 低血圧のせいで頭の中がボーッとしているのに、車の中で寝ることは未亜が許してくれない。直前まで寝ていたら、学校へ到着した時に寝起きの顔になってしまう。美少女も、なかなか大変だ。


「鈴花さんは、うちへ来て何年になる?」

「私が十六歳の時ですから、もう六年になりますね。高校や大学へも通わせていただいて、旦那様には感謝しています」

「確か亡くなられたご両親は、お父様の会社の人でしたよね」

「いえ、父親だけです。母親は専業主婦でしたので」

「聞いたことなかったけど、どうしてメイドの格好してるの?別に何でもいいと思うんだけど」

「桐生家で働くことが決まった時に、旦那様から言われたんです。未亜様は母親に裏切られたと思っているから、自分に近寄って来る人に対しては警戒心が強くて、簡単には心を開いてくれないだろうって。だから、私はあなたに服従します、絶対に裏切りませんと、見た目に分かりやすいかと思いまして」

(知らなかった…)


 大切な人の筈の鈴花でさえこれだ。未亜は他人との接し方が分かっていないのだろうか。


「また今度、買い物に付き合ってくれない?欲しい物があるから」

「勿論、ご一緒させていただきます。未亜様のご都合で、いつでも」

「そう、楽しみにしてるから」


 車が学校へ到着すると、デジャヴのように前日と同じことが繰り返される。


「未亜様、お帰りはいつもの時間でよろしいですか?」

「はい、お願いします」


 車を降りると、裏門から校内へ入り校舎へと向かう。校舎へ入ってから二階の教室へ辿り着く前に、東條さんに声を掛けられるのも前日と同じだ。違うのは、話している内容だろう。 


「なんか、いつもと違うと思ったら、今日はツーサイドアップなんだ」


 ツーサイドアップにしたことに、大した意味はない。ただ、長い髪を弄るのに少し慣れたのと、ちょっとずつでも何かが変わればという思いがあったからだ。


「髪形とかワンパターンで、自分じゃこれくらいしか出来ないから」

「何でもメイドにやってもらうから、そういうことになっちゃうんだよ。私は、そういうの得意なんだけどな」

「私が自分で出来そうなの、教えてもらえないかな」


 一瞬、東條さんは立ち止まってキョトンとした表情をする。そしてニッコリと笑顔に戻ると、再び歩き出した。


「次の休み時間に、やってあげるよ」


 何がキョトンで、何がニッコリなのかよく分からない。ただ、意気揚々と東條さんは教室へと入る。

 続いて俺も教室へ入り自分の席に着くと、やはり前日と同じように、前の席の藤森さんが振り向いた。


「未亜ちゃん、これ昨日のお礼に」


 そう言って手渡してくれたのは、手の中に入るくらいの小さなビンの中に詰められたポプリだった。コルクの蓋を開けると、花の香りが漂って来る。

 お礼と言われても、授業中に彼女が先生に指されて、教科書のページを小声で教えただけだ。わざわざ買って来た物なら恐縮してしまうところだが、手作り感満載なので、そんなに気を使うことでもないだろう。自分の趣味をお裾分けしたいという気持ちは、誰にでもあることだと思う。


「これって、ラベンダー?」

「未亜ちゃんが、よく眠れないって言ってたからね。ラベンダーの香りは安眠効果があるんだよ」

(覚えててくれたんだ…)

「ありがとう。今晩から枕元に置いておくね」


 藤森さんは他人に興味がないとか聞いたような気がするのだが、未亜が車で送り迎えをしてもらうような、お嬢様だということに興味がないのだろう。薄っぺらい人付き合いをしているから、本質が見えていないんだとツッコミを入れたくなる。


(何か言いたそうね)


 未亜に俺の思考が読み取れる訳ではない。ただ、何となく表情に出ていたのかもしれない。


 始業のチャイムが鳴って、先生が教室に入って来た。担任の先生は長期休暇に入っているとかで、昨日も代わりの先生が来ていた。今日はまた別の先生で、俺にとっては日替わり担任だ。


「えー、このクラスの担任の小松崎先生が正式に退職されましたので、今日から私がこのクラスの担任になります」


 中年の女性の先生で、言葉になかなか迫力がある。わざわざ自己紹介をしなくても皆は知っているようで、ベテランの教師なのだろう。

 ザワザワと教室がざわめくのも無理はない。どうして、この時期にという疑問が湧いて来る。

 俺が知らないことには注釈を入れて来る未亜が、何も言わずに黙っている。何か知っているのではないかと勘繰ってしまいそうだ。でも、退職した教師のことなど、知っていたとしても何の役にも立たないだろう。この時の俺は、そう思っていた。



 昼休みに俺は、昨日と同じように弁当を持って屋上にある塔屋の梯子を登って行った。これも未亜のルーティーンだし、一人で考えたいこともあるから、もう少し続けてみようかなと思っていた。

 塔屋の上に顔を出すと、そこにはもう昨日の男子生徒が座っていた。


「やあ、俺が先に梯子を登らないと、下から見えちゃうからね」


 俺は無言のまま塔屋に上がって、男子生徒とは距離を取って座った。そして弁当を出して、黙々と食べ始める。

 彼の方も昨日と同じようにパンを持っていて、俺が来る前から食べ始めていたようだ。


「あれ?今朝、見掛けた時と髪形が変わってるね」


 一限目の授業が終わった後に、東條さんがヘアアレンジをしてくれた。三つ編みがカチューシャのように見える髪形で、自分でも出来るようにとお願いしたのに、ちょっと難易度が高い。

 彼女の両親はヘアサロンを経営しているとかで、こういうことは大好きなんだそうだ。

 未亜は東條さんのことを、悪い人じゃないと思うと言っていた。思うだけで確信はないような言い方だ。いつも受け身で自分の方から誘ったり何かを頼むということがなかったから、東條さんとしても掴み所がなかったようだ。

 今回は俺の方から東條さんにお願いをしたのが、彼女としては意外だったのでキョトン。これだけ長い髪を好きに弄れるのがニッコリだったらしい。

 俺がツーサイドアップにしていたのは一限目の授業が終わるまでなので、この男子生徒が見掛けたとすれば、車を降りてから教室へ入るまでの間だろう。特に疑問を抱くようなことでもないので、そのまま弁当を食べ続けていた。


「その綺麗な横顔をずっと眺めてるのもいいんだけど、自己紹介くらいはさせてくれないかな」

「ちゃんと聞いてるから、勝手にどうぞ」

「三年生の広瀬巧だよ。それで君は?」

「私の名前を教えるなんて言ってないでしょう」

「まあ、そうだけど。どうしたら、名前を教えてもらえるのかな?」

「それじゃあ、私が出す問題に答えてくれる?」

「それで教えてもらえるなら」

「仕事が忙しくて、なかなか会えない人と面と向かって話しをするには、どうすればいい?」

「それは難しい問題だな。面と向かって話しをするには、面と向かうしかないからな。こっちから、その人の所へ行くのが一番だと思うけど」

「正論だけど、ひねりが足りない。解答としては三十点くらい」

「俺の頭じゃ、これが限界だよ。〇点じゃないなら、名前を教えてほしいんだけど」

「二年生の、桐生未亜」

「それじゃあ、俺からも桐生さんに問題を出していいかな?」

「どうぞ、ご自由に」

「目の前に居る綺麗な女の子をデートに誘うには、どうしたらいい?」

「自分が人畜無害だってことを証明するしかないわね。一回や二回、会ったくらいでデートに誘う男も、どうかしてると思うけど」

「信じてもらえないかもしれないけど、桐生さんを見掛けたのは昨日が初めてじゃないんだ。俺は毎朝、裏門から入るから、君が車から降りて来る姿はよく見てるんだよ。清楚で綺麗な子だなって、いつも思ってた」

「運転手は、どんな服装だった?」

「なんか、メイドの格好してたな。白と黒の、いかにもって感じのやつ」

「信じてあげるけど、私が気付いてないってことは一定の距離を保ってたんじゃない?声を掛けるのって、そんなに難しいことなの?」

「そりゃあ、相手にも感情があるからね。一方的に気持ちを押し付けられても、迷惑なだけだろう」

「今の答えは七十五点かな」

「デートの可能性は、ゼロじゃないってことかな?」

「別にあなたのことを嫌ってる訳じゃないから、努力だけはしてみたら?報われるかどうかは責任持てないけど」

「ああ、また明日もここへ来るよ。なかなか会えない人と、ちゃんと話しが出来たかどうか答え合わせをしたいしな」

「それであなたに、何の得があるの?」

「桐生さんの笑顔が見られるかもしれない」

「鼻で笑うくらいなら、いつでもいいけど」


 話しをしながら弁当を食べていたので、昨日よりも時間が掛かっている。後半は無言で食べ切ると、弁当箱をトートバッグへと仕舞った。

 広瀬君はとっくにパンを食べ終わってはいるものの、俺より先に梯子を下りてはいけないことになっている。だから、座ったままで待っていた。

 俺は立ち上がると、特に挨拶もせずに梯子を下りて行く。下り切った所で上を見上げると、広瀬君が顔を覗かせていたので軽く手を振った。そして、昨日と同じように外階段で下の階へと下りて行った。


(お父様に会いに行くつもりなの?葉月の人生になるんだから好きにすればいいけど、時間の無駄だと思うわよ)


 それについて、俺は返事をしなかった。返事をしたら独り言を言っているようにしか見えないし、未亜も返答を求めてはいない。

 母親の時に比べると口調が穏やかなのは、それだけ父親に対する思いの方が強いのだろうか。


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