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第21話 おまけ

 スポーツタイプの自動車を運転する女性は、助手席に座る少女のことを気にしていた。

 まだ中学生なのに、やたらと大人の世界を見たがる。好奇心旺盛なのは良いが、母親のビジネスにまで付いて来られると、気が散って商談を失敗しそうだ。


「大人しくしてなさいよ。今日は大事な商談をするんだから」

「私は見てるだけでいいから、空気だと思っていいよ」


 空気にしては存在感があり過ぎる。そう思うのは、親の贔屓目(ひいきめ)だろうか。

 どうせ付いて来るなら、自社の洋服を着せてアピールしたい。デザイン画や写真より、実物を見せた方がインパクトがあるだろう。しかし、必要以上に目立ちそうだった。

 ツーサイドアップに髪飾りも付けて可愛らしさを強調したが、重要な話しをしている最中にも相手の視線が娘の方へ行ってしまいそうだ。


 雑居ビルの地下駐車場に車を停めると、母親は迷うこともなくサッサと歩いて行く。その後を少女は、長いスカートをヒラヒラさせて鼻歌を歌いながら付いて行った。

 ビルの入口には社名が書かれたプレートがあり、目的の会社は三階分のフロアを専有している。二人はエレベーターに乗ると、その会社がある階へと向かった。

 会社へ入ると、入口に一番近い場所で仕事をしていたOLが対応してくれた。


「お話しは窺っております。ご案内しますので、どうぞ」


 どうしても少女の方へ目が行ってしまうのか、OLは少女と目が合うとニッコリと微笑んだ。少女も笑顔で返すと、それだけでもうOLのハートはガッチリと掴まれていた。


「お嬢さんですか?お人形さんみたいですね」

「自由過ぎて困ってますよ」


 二人はフロアの奥の方にある応接セットへと案内された。部屋にはなっておらずパーテーションで仕切られている程度で、風通しの良い社風のようだ。ソファーに座っていても社員が仕事をしている様子が見えて、少女はソワソワしている。


「会社の中、見に行ってもいい?」

「いい訳ないでしょう」


 少女は不満そうな表情を浮かべながらも、ソファーに腰を沈めて素直に母親の言うことに従った。

 応接セットの所へ三十代半ばの女性がやって来ると、母親だけが立ち上がる。失礼がないように母親に促されて、慌てて少女も立ち上がった。


「総合プロデューサーの広瀬未亜です」


 そう言って女性は名刺を差し出した。長い髪を後ろで縛りメガネをかけて、キャリアウーマンといった雰囲気を自分で演出しているようだ。しかし、人形のように整った顔立ちはモデルのようで、きっと十代の頃は美少女だっただろうと想像させられる。

 母親が名刺を受け取ると、今度は自分の名刺を差し出した。


「ブルーストーン代表の奥村です。娘がどうしてもこちらの会社を見たいと言うので、申し訳ありません。邪魔しないよう言い聞かせてありますので」

「可愛らしい女の子に興味を持って頂いて光栄ですよ」


 三人がソファーに座り、先程のOLが飲み物を運んで来た。その内二つはアイスコーヒーだが、一つだけ泡が出ているので中身がコーラだということが分かる。中学生の女の子に気を使ったのに、母親が自分のアイスコーヒーとそっと交換した。そのグラスを少女は平然と手に取り、顔色一つ変えずにストローで飲んでいた。


「お嬢さん、お名前は?」

「睦月です」

「睦月ちゃんね。一月生まれなの?」

「はい、そうです」


 物怖じせずにハキハキと答える少女に、何故か未亜は心が引かれていた。初対面の筈なのに、どこか懐かしい感じがする。

 可愛らしい服装と相まって、お人形さんという表現がピッタリと当てはまっている。このまま家に連れて帰って、部屋に飾っておきたいと未亜は思っていた。


「モデル事務所には所属してるの?」


 今度は声を出さずに、少女はブンブンと首を横に振る。自分がそんなに、魅力があるとは思っていないようだ。

 ダイヤの原石が、向こうから転がり込んで来た。これは偶然ではなく必然だと、一方的に未亜は考えていた。


「今回のコラボ商品の件ですが、お嬢さんをモデルに使わせてもらえませんか?」

「娘をですか…?」


 まだコラボ商品の企画も正式に決まっていないのに、いきなりそんなことを言われて母親は戸惑いの表情を見せる。断ったからと言って企画がなくなる訳ではないが、引き受けた方がよりスムーズに事が運ぶだろう。しかし、会社の代表である以前に母親だ。そこは本人の意思を尊重したいところだ。


「睦月に任せるけど」

「やってもいいよ」


 拍子抜けするくらいにあっさりと答える娘に苦笑いをしながら、母親は自分に気を使っているのではないかと思い、もう一度確認をする。


「ママに気を使わなくてもいいのよ。睦月が断っても、仕事がなくなる訳じゃないんだから」

「別に気を使ってないよ。なんか面白そうだし」


 娘は小さい頃から、他人の動きを見ているのが好きだった。あっさりと了承したのも、母親に気を使ったとかモデルをやりたいとかではないだろう。単純に人間観察がしたいからだ。

 少女の答えを聞いて、未亜は応接セットから見える位置で仕事をしている女性に声を掛ける。


「ちょっと、鈴花さん」


 呼ばれてやって来たのは、未亜よりも少し年上の女性だった。未亜の方が立ち上がり、二人でボソボソと小声で話している。


「暴走プロデューサーの本領発揮ですね。後で帳尻合わせるの大変なんですから」

「鈴花さんには、いつも感謝してるわ」


 そんな話し声が聞こえて来る。風通しが良いのは、社員同士の関係も同じようだ。

 話しが終わると、鈴花がニコニコしながら少女の前へと歩み寄って来た。

「睦月ちゃん、お姉さんが会社の中を案内してあげるね。特に撮影スタジオを重点的に」


 お姉さんと呼ぶには、ちょっと年齢が…と思いつつ少女は立ち上がって、鈴花が差し出す手を握った。

 この会社では、幹部が暴走するのを部下が制御しているのか。そんな考察をしながら、少女は鈴花に手を引かれ撮影スタジオへと向かって行った。



(了)


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