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第13話 友達もモデルになった日

 どこぞの駅に到着するまで、俺は東條さんに手を繋いでもらっていた。クラスメイトの女子に手を繋いでもらうなんて、俺としては不本意なのだが、未亜の立場としては悪くないかもしれない。


「心的なんちゃら障害なら、無理に電車に乗らなくても良かったのに」

「東條さんが居るから、大丈夫かなと思って」

「全然、大丈夫じゃなさそうだけど」


 父親が出した母親に会いに行く時の条件は、一人で行かないことだ。東條さんが一緒だから、日曜日ということもあり鈴花はそのまま休みにした。東條さんは鈴花のようにスタンガンを携帯してはいないが、日曜日の昼間から襲われる可能性も低いだろう。

 未亜は未だに電車が怖いようだが、あの事故現場とは別の駅から乗ったので、この前のようなフラッシュバックや息苦しくなるほどの症状はなかった。ただ、頭の中で


(ごめんなさい…)


 と言う声が響いていた。


「会社へ行く前に、お願いしたいことがあるんだけど」

「え、何?」

「私のことは下の名前で呼んでくれる?お母様は苗字が桐生じゃないから」

「OK、未亜ちゃんて呼ぶね。それじゃ私のことも、下の名前で呼んでよね?」

「うん、夏海ちゃんだね」


 最寄りの駅に到着して電車を降り、駅の構内から出ると途端に不調が解消される。

 駅前のロータリーまで来ると、ようやく東條さんと手を離して俺は坂上さんに電話を掛けた。駅に到着したら、迎えに行くから電話してほしいと言われていた。


 暫くして、ロータリーに軽自動車が入って来た。坂上さんの自前の車だろうか。あまり広くはないので、俺が助手席に座って東條さんは後部座席に座った。


「その洋服、着てくれてるんだ。歩く広告塔だね」


 俺は前回の撮影の時に、モデルの報酬として貰った洋服を着ていた。特に思惑があってのことではないのだが、未亜からはこれと言って反論はなかった。母親が選んでくれた洋服には、それほど抵抗はないのかもしれない。


「チーフデザイナーの坂上さんよ。こっちはクラスメイトの東條夏海さん」

「えーっ、まだ若いのにチーフなんですか。凄いですね」


 ロータリーに停車したまま、坂上さんはサイドブレーキを引くと、振り返って東條さんを舐めるように見詰めた。


「夏海ちゃんは身長いくつ?」

「百五十八センチですけど」

「九号が着られるわね」


 そう言うと、スマホを取り出して電話を掛ける。


「未亜ちゃんのお友達、結構スタイルいいから九AR用意して。来月号に載せるやつ」


 それだけ言って電話を切った。もう、坂上さんが何をするつもりなのか分かってしまった。東條さんもモデルに使う気だ。


「坂上さん、前もって言ってくれないと」

「え?だって、未亜ちゃんがモデルを紹介してくれるって言うから」

「言ってない、言ってない」


 俺が事前に連絡したのは、タメ口で喋ってほしいということくらいだ。母親との他人行儀な態度を急に変えるのも不自然だから、坂上さんが親しげに喋ってくれれば、その流れで何とかなると思ってのことだ。それをどう拡大解釈すれば、モデルの話しになるのだろうか。

 まあ、東條さんを見てから決めた感は否めないので、事前に相談は出来なかったのだろう。


「私がモデルやってもいいんですか?」

「報酬は現物支給ね。撮影に使う物はあげられないけど、好きな物を選んでいいから」

「やった!ありがとうございます」


 モデルが嬉しいのか、現物支給が嬉しいのか。とにかく、東條さんは乗り気な様子だ。

 車が動き出して会社へ到着するまでの間、彼女はスマホを取り出して通販のホームページから商品を選んでいる様子だった。



 会社へ到着すると、事務所にはスタッフが以前に来た時の半分程度しか居なかった。母親の姿はあるが、専務の兵藤さんは居ない。


「もしかして今日、休みだった?」

「通販は年中無休だから、シフトの都合よ。気を使わなくてもいいの。私と未亜ちゃんの仲なんだからぁ♡」


 坂上さんは、これ見よがしに俺の肩を抱いて頭をナデナデする。タメ口で喋ってほしいとお願いしたことで、何か勘違いをしているのだろうか。

 そして社長である母親は、立ち上がって東條さんに挨拶をする。


「未亜の母です」

「東條夏海です。未亜ちゃんのママって、やっぱり美人なんですね。びっくりしちゃった」


 一通りの挨拶が終わると坂上さんは、お構いなしにスタッフに指図をする。


「それじゃ、先に未亜ちゃんの撮影をするから、夏海ちゃんを案内してあげて」


 前回に来た時もそうだったが、坂上さんは具体的な指示をしている訳ではないのに、鶴の一声で一斉にスタッフが動き出す。

 言われた通りにスタッフの一人が東條さんを案内して一階の奥へ連れて行くと、その他のスタッフは撮影に必要な衣装やメイク道具を持って二階へ移動する。

 坂上さんが俺の手を引いて、意図的に社長である母親と肩を並べるようにしているのを敢えて、その動きに逆らわないようにしていた。


「これだけスタッフが優秀だと、会社も急成長するよね」


 周りに居るスタッフへの褒め言葉のつもりで言ったら、それに対して母親が答える。


「私の才能はね。人を見る目があるってことよ。会社を成長させてくれたのは、みんな優秀なスタッフのお陰。私の宝物よ」

「最初の結婚は失敗してるのに?」

「私は失敗したなんて思ってないわよ。だって、あの人と結婚してなかったら、未亜は産まれてなかったでしょう?」


 坂上さんが俺の体を引き寄せると、母親の方へと押し付ける。華奢な未亜の体はいいように扱われて、思い切り母親に肩を抱き寄せられた。


「一秒たりとも、未亜を忘れたことなんてないわ。もう一度この腕に抱き締める日を、どれだけ待ち侘びたことか」

「初めから、こうするつもりだったの?」

「そうよ。優秀なスタッフでしょう?」


 俺は自分の母親のことを思い出して、そのまま体を離せずにいた。このまま桐生未亜として生きて行けば、俺は幸せになれるのだろうか。そんな誘惑に駆られていた。


(何回、抱き締められるつもりなの?)


 ずっと傍観していた未亜が、ようやく声を発して俺は現実に引き戻された。

 決して未亜は母親を嫌っている訳ではない。自分を置いて出て行ったことに裏切られたという気持ちが強かった一方で、そうせざるを得なかった母親の事情も、この間の説明で理解はしている。元々、人間関係が希薄な上に、長い間離れ離れになっていたので、素直に受け入れられないだけだと思う。


「凄く恥ずかしいんだけど…」

「子供の頃にしてあけられなかったことを今、やってるだけよ」


 スタッフにどんな目で見られているのかと思って体を離してみたら、何事もなかったように自分達の仕事をしている。母親が人を見る目があると言うだけのことはある。仕事に関係ないことでも皆、協力的なようだ。


 新作の生産が追いついていないということで、今回の撮影は一着だけだった。またすぐにお願いするからと言われて、わざとやっているのではないかと疑ってしまう。

 東條さんがスタッフに案内されて撮影スタジオへ来た時には、撮影はほぼ終了していた。


「うわぁ、生で見ても超絶美少女だわ。比較されるから、並べて載せてほしくないんだけど」

「夏海ちゃんもモデルをやれば、世界中の人に見られるんだよ」


 ちょっと意地悪っぽく言ったお返しなのか、俺の頬を東條さんは両手でムニュっと摘んだ。女子の愛情表は今一つ理解できていないが、こういう関係って悪くないかもと思っていた。


「それじゃ、先に夏海ちゃんに着替えてもらって、撮影してる間に未亜ちゃんは元の服に着替えて」


 確かにその方が効率が良いだろう。東條さんは衣装を渡されて、フィッティングルームで着替える。

 未亜は人形のような整った顔立ちで、メイクをすると綺麗すぎて本当に人形のように見えてしまう。でも、東條さんは年相応な普通に可愛い女子高生だ。渡された衣装も活発なイメージの物で、俺が着ているお嬢様風の物とは随分と違っている。


 東條さんの着替えが終わると、すぐにスタッフがメイクに取り掛かる。交替で俺がフィッティングルームへ入ると、さっさと自宅から着て来た洋服へと着替えた。

 着替えが終わってフィッティングルームから出ると、もう撮影が始まっていた。東條さんも結構楽しそうにやっているので、俺は自分の用事を済ませようと思い、監督のようにスタッフの仕事を見守っている母親の所へ行く。


「今日の現物支給なんだけど、鈴花さんにプレゼントしたいから、お母さんが選んでくれる?」


 タメ口で、お母さんと呼ばれただけでも母親の表情は明るくなった。


「鈴花さんって、あのメイドさんのことね」

「私、一人で電車に乗れないから、同行してもらうのに、さすがにメイド服じゃね」


 一人で電車に乗れないと言うと、その理由を知らない母親に勘違いをされそうだが、敢えて説明をしようとは思わなかった。目の前で人間の体がバラバラになるところを見たからだと知られるよりも、お嬢様育ちで乗り方も分からないと思われた方がよほどマシだろう。


「二階にあるのはティーンエイジャー向けだから、一階へ行きましょうか」


 母親がスタッフに、あとはお願いと声を掛けると、俺も東條さんへ下へ行くという合図をしてから撮影スタジオを離れた。



(また電車で登校するつもりなの?)


 母親が鈴花の洋服を選んでいる横で、俺は返事をすることが出来ずに軽く首を傾げた。鈴花にはいつもお世話になっているから、単純にプレゼントしたいと思っただけだ。電車の話しをしたのは口実に過ぎない。


「これなんか、どう?あのメイドさん、丸顔で幼く見えるからフェミニンな服装が似合うと思うけど」


 ずらりと並んだ洋服の中から、三ピースがハンガーに掛かった物を手に取って見せてくれる。それを眺めながら、俺は未亜の意見を待つ。


(いいと思うわよ)

「それに決めたから、貰ってもいい?」

「勿論よ」


 母親は洋服をハンガーから外すと、自社ブランドのロゴが入った梱包用の紙袋に入れて渡してくれた。

 そこへ、撮影を終えた東條さんが二階から下りて来た。もう自分の服に着替えているが、俺と同じようにメイクはしたままだ。そして、もう現物支給を選んだのか、同じ紙袋も持っている。


「未亜ちゃん、ありがとう。まさか私が、モデルをやらせてもらえるなんて思わなかったよ。貴重な体験だった」


 何だか坂上さんのゴリ押しに流されたような気がするのだが、本人が喜んでいるんだから別にいいか。


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