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第11話 モデルになった日

 未亜の母親が代表を務めるという会社に行ってみたくて、連絡を取ると喜んで案内してくれるということだった。未亜はあまり乗り気ではなかったが、以前ほどの拒否反応はないようだ。

 日曜日に鈴花を休日労働させてしまったので、今度は平日にしようと思い学校帰りに母親と待ち合わせをした。

 どこぞの駅の裏手にあるタワーパーキングに車を停めてから、駅の連絡橋を通り抜けて、駅前で母親と落ち合った。わざわざ、そんなことをするのは鈴花が会社の正確な場所を知らないことと、女子高生とメイドだけで会社を訪問して変な注目を集めたくなかったからだ。


「未亜!」


 俺の方から連絡したことが余程嬉しかったのか母親が駆け寄って来て、いきなり抱き締められた。鈴花は警戒して身構えたが、危険はないと判断したのか思い止まったようだ。

 相変わらず鈴花はメイドの格好をしているのに、斜め掛けのショルダーバッグだけは下げている。下手をしたら、スタンガンで攻撃されていたところだ。


「もう、いいですか?」


 母親は体を離して、少し寂しそうな表情をする。


「ごめんなさい。こういう愛情表現には慣れてないのよね」


 母親との距離感は難しい問題だ。未亜が黙っているのは心を許していない証拠だから、俺としても笑顔で明るくという訳には行かない。親子らしく接するかどうかは、未亜次第ということになる。

 そこから三人でタクシーに乗り、母親が経営する会社へと向かう。十分程度走って、タクシーが会社に到着した。それほど大きな会社ではないが、二階建ての社屋があり駐車場も備えている。


「何の会社ですか?」

「アパレルの通販サイトよ。最近、自社ブランドを立ち上げて、売り上げも順調に伸びてるわ」


 タクシーを降りると、母親の先導で俺と鈴花は会社の中へと入る。一階の出入口付近は事務所になっていて、そこだけで十人程度の従業員が働いていた。

 女子高生がメイドを従えていることで、従業員の視線が集まって来る。それで分かったことだが、殆どが女性だ。唯一の男性が正面のデスクに鎮座していて、奥へ行くにはどうしてもその人の前を通ることになる。


「専務の兵藤さんよ。今の私の旦那さん」

「桐生未亜です」

「いやぁ、本当に綺麗なお嬢さんだね。いつもメイドさんを連れてるのかな?」

「変ですか?」


 女性社員が多いから便宜上、母親が代表になっているだけで実質的には、この人が経営者なんじゃないかという気がしないではない。

 空気を読んだ母親が、少し焦りながら一階の奥へと俺を連れて行く。鈴花もしっかりと付いて来て、母親よりも距離が近い。

 アパレル会社だけあって、部屋全体がクローゼットの中のような雰囲気だ。女性向けの通販サイトなのか、お洒落な洋服がずらりと並んでいる。ダンボールに箱詰めの作業をしているのは、パートのおばちゃんだろうか。やはり女性ばかりだ。


「二階はどうなってるんですか?」

「通販サイト用の撮影スタジオと、縫製の作業場もあるわね。興味がある?」

「ええ、まあ…」


 アパレルに対する興味と言うよりは会社の構造的な興味なので、ここはちょっと好奇心を抑えた方が良いかもしれない。そこへ先程、事務所に居た女性が一人小走りに駆け寄って来て話しに割り込んで来た。


「社長、ちょっとよろしいですか?」

「どうしたの?あ、チーフデザイナーの坂上さんよ」

「お嬢さんが凄く綺麗で、イメージにぴったりなんです。もし良かったら新作を着てもらって、撮影させてもらえませんか?」


 俺が武藤さんにしたように、坂上さんはグイグイと迫って来る。別に照れたりはしないが、まだ若いのにチーフデザイナーなんて才能があるんだなと、ぼんやり考えていた。


「それって、モデルですか?」

「そう、モデルです」

(校則でアルバイトは禁止されてるから、停学になるわよ)


 ようやく未亜が声を発したと思ったら、否定的な意見だ。彼女が黙っていると、俺を置き去りにして昇天してしまったのではないかと不安になる。どんな意見でも、言ってくれればホッとする。

 俺としても着せ替え人形のように、女の子の洋服を着せられるのは乗り気な話しではない。


「すみません、学校でアルバイトは禁止されているので」

「え、そうなの…?」


 坂上さんは横目でチラチラと、母親に視線を送る。そう簡単には引き下がれないから、打開策を提示しろと言っているかのようだ。


「現物支給でどう?一回モデルをするごとに一着プレゼントするから、それならアルバイトにはならないでしょう」


 いや、そもそも身内なんだから、無償でやればアルバイトにはならない。そこまでする義理はないと言っているように聞こえたのだろうか。

 断ってしまうのは簡単だが、一回モデルをするごとにというところに母親の意図が感じられる。また未亜と会う口実が出来るのだから、その点は俺としても協力したい気持ちはある。


(まさか、引き受けたりしないわよね)

「取り敢えず、一回だけなら」

(いいわよ、もう…。好きにすれば)

「撮影の準備して!」


 事務所の方で数人が一斉に立ち上がり、バタバタと動き始めた。母親が会社の中を案内している間に段取りを決めて、俺の返事を固唾を飲んで見守っていたといったところか。これだけスタッフが有能だと、この会社も成長しそうだ。


「それからメイドさんは、一階で待っててもらえるかな?」

「未亜様?」

「そうしてもらえる?」

「分かりました」


 はっきり言って、鈴花が邪魔なのだろう。二階へは俺と母親と坂上さんの三人で移動して、他にもスタッフが何人かバタバタと駆け上がっている。

 二階は撮影スタジオと作業場が同じフロアに同居しているような感じで、ミシンで縫製をしている人が居る。撮影スタジオも簡易的な物で、背景のスクリーンに照明がある程度だ。

 五人程のスタッフが集まって来て、カメラを持っている人やメイク道具を持っている人が居る。そして、クリーニングから戻って来た時のようにハンガーに掛かった衣装や、ビニール袋に入った衣装を何着分か二人掛かりで運んで来た。


「一着だけじゃないんですか?」

「お嬢さんが着てくれたら、最高に似合うと思うわよ」


 答えになっていない。

 坂上さんにハンガーやビニール袋を外した洋服を一式渡されて、仕方なく俺はデパートにあるようなカーテンで仕切られたフィッティングルームで着替えをする。

 女子の服装には詳しくないのだが、アンティークなイメージのデザインで、いかにもお嬢様っぽい。イメージにぴったりだと言っていたのも頷ける。

 これから撮影をするということは、まだ発売前の洋服だろうか。多少はサイズの合わない部分もあるので、それを坂上さんが背中の方で洗濯バサミで止めたりする。

 そして、工具箱かと思うような大きなメイク道具を持った別のスタッフにメイクをされて、もう一人が髪形を変えている。基礎化粧品の使い方くらいは未亜に教え込まれたが、本気でメイクをしたことはない。ただ、鏡がないので自分がどういう状態なのかは分からなかった。


「こんな綺麗なお嬢さんが居たなんて、社長も人が悪いですね。もっと早く、教えてくれれば良かったのに」


 溜め息のような声で、坂上さんがそう言った。特に作業をすることもなく様子を見守っている母親は、娘を誉められてご満悦のようだ。

 カメラマンも当然のように女性で、カメラ小僧が持っているような一眼レフカメラで撮影をする。シャッターを切る度にフラッシュが光って、目が悪くなりそうだ。


「いつもは、本職のモデルさんで撮影してるんですか?」

「通販サイトは、社員がモデルを兼ねることが多いのよ。でも、ティーンエイジャー向けの洋服は、さすがに社員という訳には行かないからね。自社ブランドだし力を入れたい所だから、美少女のモデルに出会えて最高だわ」


 答えてくれたのは坂上さんだ。なるほど、だから自前の撮影スタジオがあるし、女性社員が多い訳だ。

 一着撮影が終わると、またすぐに着替えて次の撮影を始める。三着目になると、さすがに引き受けたことを後悔し始めていた。

 母親は空気が読める人のようで、俺がもう飽きていることを察して撮影を中断させた。


「お疲れ様。今日着た服は試作品だからプレゼントできないけど、発売済みの中から好きな物を選んでいいわよ」

「お母様が選んでください」

「私が選んでいいの?」

「今日は、それを着て帰ります」


 別に母親を喜ばせようと思った訳ではない。未亜は機嫌が悪いから適当な物を選びそうだし、俺も女子の服を選ぶ自身はない。着て帰ると言ったのも、ばっちりメイクをしているので制服に合わないと思っただけだ。

 母親が洋服を選んでいる間は、俺が丸椅子に座ってスタッフは後片付けをしていた。坂上さんは撮影に使った俺が着ている洋服を回収したそうだが、そのことは言わずに名刺を渡された。


「お嬢さんを見てると創作意欲が湧くから、個人的に電話してね」


 名刺をポケットに入れてしまうと洋服と一緒に回収されるので、そのまま俺は手で持っていた。


 母親が選んだ洋服に着替えて一階へ下りて来ると、事務所のキャスター付きの椅子に座っていた鈴花が、すぐに立ち上がって待ち構える。


「未亜様、素敵ですね。お似合いですよ」


 そう言いながら、母親が手に持っていた制服を受け取った。


「すっかり遅くなったわね。駅まで送るから」

「大丈夫です。タクシーだけ呼んでもらえれば」

「そう…残念だけど、それじゃ」


 母親は名残り惜しそうに俺の両肩を持つと、目に焼き付けるように見詰めていた。もう一度母親に抱き締められたらと、ちょっと期待していたのだが、俺の素っ気ない態度のせいで遠慮したようだ。

 俺の実際の母親にも、子供の頃には抱き締められた記憶がある。しかし、俺が母親の身長を追い越す頃には、すっかりそんなことも無くなってしまった。今生の別れは済ませたつもりなのに、未亜の母親に抱き締められた時に、それを思い出してしまった。


 母親の指示でタクシーに電話をしたのは、別のスタッフだ。暫く待っていると、会社の駐車場にタクシーが入って来るのを窓越しに確認できた。

 俺と鈴花の二人だけで駐車場へ出ると、そのままタクシーへと乗り込む。


「未亜様、どうかされましたか?」

「何でもない」


 目に涙を浮かべているのを見られたくなくて、俺は鈴花と目を合わせないようにしていた。


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