2−11 本物の力
激情は勢いを与える事もあるが、
普通に冷静な判断力を奪う。
東昭狸の太刀筋が素人のそれに変わった。
そしてそれは、剛腕に対して対処できていた、
効率化、最速化された剣技という力を失った事を意味する。
ただ振り回す剣では、(仮)ヌサノオの勢いを止められなかった。
何せ調子に乗っている男である。
東昭狸はどんどん後ろに追いやられていた。
そして気づいていなかった。
東昭狸と妖刀ムラマサの力がどんどん失われている事に。
ムラマサは使用する者にも影響する為、
東昭狸はムラマサを握っているだけで神霊力を消耗していた。
ムラマサは呪いを振りまく恐るべき道具だが、
同時に東昭狸に寿命を与えるアポトーシス因子だった。
それは徳河家一が仕込んだものだった。
彼は感情論者の集まりであるバカ派共に強大な戦力を与える真似などしていないのだ。
寿命のある神など、只の化け物に過ぎなかった。
リチャージャブルだが。
どんどん神霊力を失っていく東昭狸は既に最初のサイズを失っていた。
そして(仮)ヌサノオは勝負に出た。
横薙に見せかけて、下から切り上げたのだ。
跳ね上げられたムラマサは東昭狸の手…前足を離れた。
もう東昭狸は、(仮)ムラマサの剛腕に耐えて刀を掴む程の力を失っていた。
体ごと、前足も小さくなっていたのだ。
そのまま(仮)ヌサノオは右足を上げて水平に蹴り出し、
東昭狸の腹を蹴った。
ヤクザキックだ。
5m跳ね飛ばされた東昭狸はそのまま更に5m転がった。
そうして、自分が今の一蹴りで大量の神霊力を失ったことに気づいた。
ムラマサ越しに打ち合った時には気づかなかったが、
相手が人ならざる力を持つことに漸く気づいたのだった。
近づきつつある(仮)ヌサノオに対し、
立ち上がった東昭狸は腰にある物入れに手…前足を伸ばした。
保護色で気が付かなかったが、焦げ茶色の物入れを腰に巻き付けていた様だ。
大きめの木の葉を取り出して頭に載せ、
両手…両前足で印を結んだ。
口を小さく動かすと…
どろん、と音がして白煙が広がり、
東昭狸は姿を消した。
隠れ身の術だと!
化け狸の分際で!
狸のライバルである狐の那賀建は嫉妬してしまった。
(仮)ヌサノオは目を細め、耳を澄まし、
敵の気配を探した。
近づく気配はない……
水薙の剣を左手だけで持ち、
右手でポケットから取り出した金剛杵を構えた。
東昭狸は狼狽していた。
三方ヶ原で、関ケ原で、
大阪夏の陣で、
相手が突撃してくる度に慌てふためく男である。
今回も慌てふためき、
逃げる事しか考えていなかった。
だから、今が晩秋であることを忘れていた。
つまり、落ち葉を思いっきり踏んでしまったのだ。
(…暦の上では冬ですが、気分的には晩秋です。)
ガサッ
「そこだっ!」
音のした場所へ(仮)ヌサノオが金剛杵を投げる。
足に打撃を与え逃げ足を鈍らせる為だった。
…が、
金剛杵はすこ〜ん、と上に跳ね返った。
そこに東昭狸の頭があったのだ。
東昭狸は隠れ身の術ではなく、
単に体を標準狸サイズにすることで、相手の目を欺いただけだったのだ。
目を回した東昭狸は、うつ伏せ状態で頭の上で両前足を重ねた。
熊相手の死んだふりのポーズかよっ!
那賀建は心の中で突っ込んだ。
因みに熊相手の防御ポーズは両手を首の上で組み弱点を守るのであるが、
剛毛に包まれた狸には不要な事だ。
(仮)ヌサノオはまた足癖の悪い所を見せた。
東昭狸の鼻の下につま先を入れ、
くぃっと蹴り上げ、
ひっくり返された狸の腹に水薙の剣を叩きつけた。
きゅう、と可愛い鳴き声を上げて地面に叩きつけられた東昭狸は、
泡を吹いて気を失っていた。
「イッツ ア ショウタイム!」
声を上げた(仮)ヌサノオは、
剣の握りを左利きのものに変え、右足を東昭狸の横に踏み込んだ。
そして思いっきりゴルフスイングで剣先を狸に引っ掛けて振り抜いた。
東昭狸は夜空に消えていった。
「うむ、最長不倒!」
と(仮)ヌサノオは上機嫌だったが…
(何の競技だよ)
キツネーズの脳内評価は低かった。
そして愛未は
(ショウタイムって漢字を当てちゃいけない奴だね)
と今頃気づいていた。
居並ぶ東昭狸の手下共に(仮)ヌサノオは言った。
「良いのか?朝には山沿いの道路で寝転ぶ野ダヌキ状態になっているかも知れんぞ?」
との言葉に徳河双葉はハッとした。
「撤収!上様をお助けする!」
と御庭番衆に指示した。
「妖刀も忘れるなよ?あんな廃棄物を残されたら社会が迷惑する。」
「2番隊はムラマサの回収を急げ!」
御庭番衆は去っていった。
「お怪我はありませんか?」薊の言葉に、
「何とも無い。」と(仮)ヌサノオは返した。
「本当に大丈夫ですか?」
愛未はまだ心配していた。
男の子は痩せ我慢をすることがあること位は知っていたからだ。
「うむ。心配をかけて済まなかったな。」
斯くして帝都を襲わんとした武家社会の亡霊は退けられた。
この物語はフィクションです。
そもそも狸の前足で刀掴めるのか、と言うと…
多分化け狸だからパンダの親指位あるんじゃないかな?
また、金剛杵は密教の道具です。
古代アイテムで投げるものが思いつかなかったんです。
勾玉、銅鏡あるいはハニー投げさせる?




