2−8 矢文
火曜に家に帰ると、
玄関の近くの地面に矢が刺さっていた。
紙が巻き付けてある。
矢文?
誰の趣味、って、考えるまでもないよね。
引き抜いて家の中で建くんに見せる。
「ちょっと広げてみてよ。」
「え、どう見てもあの怪しい人達からヌサノオさん宛でしょ?
見たらまずいんじゃない?」
「家主が中を改めてから客人に渡すのはおかしくないよ。」
家主はお母さんなんだけど…
とりあえず矢に巻かれた紙を矢から外して、
広げてみる。
筆記のいわゆる蚯蚓が這った模様が広がる。
「達筆っていうか、読めないよね、これ。」
「(仮)ヌサノオに合わせたんだろうね。
でも、普通の文字でも読めると思うけど。」
「ヌサノオさんって古文書みたいな文字を読む趣味があるの?
タレントさんなのに学があるんだね。」
「ハハハハ…
見た目通りの人だと思うよ。」
翌日、ヌサノオさんが来た。
建くんとヌサノオさん二人で矢文を見ながら話をしている。
さすがに私が聞く内容じゃないから、外してダイニングで教科書を広げる。
ところが、
「薊を呼べぬか?」
「聞いてみます。」
という事で電話をかける。
夜の9時過ぎになると言う。
炊いたご飯に余裕があるなぁ…
ヌサノオさんに聞いてみる。
「一杯食べます?」
「おお、助かる。」
「おかずが目玉焼きと味付けのりくらいしかありませんが…」
「それでよい。」
二杯食べたよ。男の人はよく食べるね。
薊叔母さんがやって来た。
「愛未にも聞いてもらいたい。」
とのことで、薊叔母さん、私を含めて話をする。
「金曜に神田川の上流で不吉の卦あり、との連絡だ。
金曜の晩に神田川の上流に行けぬか?」
薊叔母さんが言う。
「土曜は休みなので金曜の夜なら出られますが。
愛未に話を聞かせるという事は、
愛未も連れて行くという事でしょうか?」
「ええっ、私、何もできないけど…」
「何かをして貰いたい訳ではない。
声援が欲しい。」
「え、大声出ないけど…」
「心の中で声援を送ってくれれば良い。」
「そのくらいなら…」
薊叔母さんを見ると、首を縦に振っている。
金曜には薊叔母さんも午後に休みを取って家に来てくれるとの事。
不吉って言ってたけど、何の用?
って薊叔母さんに聞いてみたけど、
「建と私があなたの事は守るから。」
と答えにならない事しか言ってくれない。
「そもそも、卦って言ってたけど占いの結果?
信用できるの?」
「国でもトップレベルの占いだよ。」
「国でトップレベルの占い師って、
詐欺師みたいなイメージがあるんだけど…」
愛未以外全員が空笑いをしていた。
確かに人気の占い師というのは多くはハッタリ屋だ。
驚き、不安など感情を揺さぶり、
冷静な判断をさせないのは
詐欺師と政治家の常套手段だからだ。
だが、占いは陰陽寮の主な仕事の一つだから、
詐欺師と言ってしまうのはさすがに…
「まあ、あれで有能な連中だ。
信じてやってくれ。」
ヌサノオさんに心の中で声援をするのがお仕事みたいだけど、
相手が「不吉」なのに心の声援が何の役に立つのだろう…
一方、その頃、
奥多摩の山中で禽獣の息の根がまた一つ止まった。
こうして、ムラマサの準備が整った。
千匹の禽獣を斬り、その怨念を込める事が終わったのだ。
世が世なら辻斬りが町人・農民千人の命を奪った事だろうが、
さすがに徳河家一が止めた。
大事の準備段階に露見する様な真似をしてどうする、
と。
本当にその理由だったかどうかはともかく。
この物語はフィクションです。
神田川と言えばダザイ…と思ったら、
玉川上水でしたね。




