2−4 狸の腹
都内某所、徳河の家長の書斎の前で、
徳河双葉は扉を叩く。
とんとん。
「双葉です。」
「入れ。」
書斎には、そろそろ白髪の目立つ年齢の男、
娘には笑顔を見せたことのない厳粛な父の徳河家一と、
その父に比べればまだまだ線の細い、
それでも幼い頃から家中一同に優秀さを褒め称えられる兄の秀一が座っていた。
「首尾はどうか。」
「東昭公は健やかにお過ごしです。
ムラマサの準備はいま少しお時間を頂きたく。」
「準備は抜かり無く行う様に。
秘密保持にも気をつけよ。」
「心得ております。」
「下がれ。」
「はい。」
双葉は物心付いた時から、
家人に期待されていなかった。
徳河の姫として容貌を褒められる事はあるが、
学業はいくら頑張っても褒められず、
これまで家の事を任された事はなかった。
武芸も隠密の技も教えられていたにも係わらず。
御庭番を預けられ、初めて与えられた任務には期する所があった。
(ここで何とかお父様とお兄様に、
私にも仕事が出来る事を認めて頂かないと。)
それが彼女の願いであったが…
「せっかく育ててやったのだから、
ここで一度は役に立って貰わないとな。」
「所詮は捨て石とは言え、政府・公安をちゃんと慌てさせて貰わないと、
後の謀に支障をきたしますからね。」
「女如きが社会の役に立つことはないが、
最低限の仕事はして貰いたいものだ。」
「はい。」
嫡男の秀一としては、
父親世代の時代に合わない考え方には辟易していたが、
家を継ぐまでは大人しく言う事を聞いておく積りだった。
跡を継いだら、旧世代の遺物共は一掃してやる、
それが本音だった。
他方、父親の家一も秀一のハラは読めていた。
幼少期から優秀と褒め称えられたこの様な男は、
とかく天狗になり、
他人の意見を聞かなくなるものだった。
(馬鹿な事を考える様なら、
甥の吉一と差し替えてやる。)
狸の子孫は狸揃いだった。
双葉は御庭番筆頭に首尾を確認する。
「ムラマサの準備はどうか?」
「順調に進んでおります。ご心配には及びません。」
「問題が発生したなら、直ぐ報告しなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
筆頭は言葉だけは従順だったが、
何も報告していない事に双葉は気づいていなかった。
慇懃無礼、それは相手を敬っていない事を意味していた。
御庭番筆頭以下一同こそ、この陰謀に期する事が大きかったのだ。
ここでの成功により徳河一門の主流となろうというのだ。
徳河家一門でも、感情論的ヒステリー系人物は多く、
強硬派としての態度を示してそれらの人物達を味方に引き入れ、
一門での影響力を強めようという扇動家と、
その様な世迷言に騙される衆愚達、
それらの自称タカ派をこの陰謀に用いて、
戦前の皇道派が失脚した様に取り除こうというのが
徳河家一の策だった。
この物語はフィクションです。
悪役を書くのは初心者には難しいです。
何か足りない気がして、
一生懸命水増ししてますが、
想定する読者の好みでない部分が増えた気がします…




