1−10 大塚小競り合い
「正統防衛だからな?」
と口にした建くんが何かを呟く。
私の顔の前に白い粒子の様なものが集まり、
古代の剣の様な形になる。
「愛未ちゃん、それを両手で持って!」
「え、無理。包丁より重いものは持てないよ。」
「重さはそんなにないから大丈夫!早く!」
え〜と、右利きの持ち手は上が右手、下が左手でいいかな?
あ、ほんとに重くない。
そりゃあ、宙に浮くくらいだからね。
「腰を落として、剣を前に向けて!」
「腰は取れないから落とせないって!」
「そうじゃなく!足は肩幅に開いて!」
「こんな感じ?」
「左足を半歩前に踏み出して!」
歩く一歩の半分ッて意味だよね?
こんなもんかな?
「軽く両足を曲げると腰が少し低くなるんだ!」
「あ、それで腰を落とすって言うんだね。」
「剣を右脇近くで前に向けて!」
剣を前に向けて、右脇に近づける。
「脇を締めて!」
「締めるって何!?」
「両肘を体に近づけるってこと!」
注文が多いなぁ。素人が武器使うって無理だよ!
「それで近づいてくる相手に向けて踏み出せば自然と剣が相手に向くから!
相手が来たら相手に向けてステップして剣を前に押し出して!」
「ところでこの剣みたいなのって何?」
「狐火の剣だ!草薙剣に対抗するために生み出した!」
嫌な予感がする名前だね…
そもそも草薙剣での焼き討ちは焼津だから近畿出身の建くんには関係ないじゃない。
「振るとどうなるの?」
「そこらじゅうが火の海になる!」
「そんな物騒な物、街中で出さないでよ!」
「霊力のない愛未ちゃんが振っても火は出ない!
あくまで自衛目的だ。」
「そもそも建くんは霊力が減ってるから小さくなってるのに、
この剣を出す霊力はどこからきたの!?」
「五次元のスピリチュアル世界に存在する僕の別体から供給されている!」
「ご都合主義ありがとう!!」
そもそも神の一種である那賀建の霊力はその存在内に膨大に存在する。
小さくなっていたのは物陰に隠れる為で、
今だって狐の大人標準サイズになることはできるが、
そんな事を敵の前で言えないから厨ニ設定を口にしただけである。
薊に3人、建と愛未に7人が向いている。
実際に戦っているのは薊と式神使いだけで、
実はこちらの7人は那賀建を牽制しているだけである。
実戦力が薊だけと判断している陰陽寮側は、
薊が膝をつけば制圧できると考えていた。
だが、確かな霊力を感じる狐火の剣に焦りを感じたメンバーが愛未を抑えようと足を出した。
「相手に向けて足と剣を出して!」
「えいっ!!」
「当然避けるからそのまま剣を右に振る!」
「はいっ!」
狐火の剣と相手が触れた瞬間、
バリバリ、と音を立てて大きなスパークが弾けた。
「ぎゃっ!!!」
男が悲鳴を上げて倒れた。
ぎゃって言う人、初めて見たよ。
「死んでないよね!?」
「相手の悪意をそのまま返す呪術が組んである。
殺すほどの悪意で向かってきていれば死ぬさ!」
「そんなの嫌だよ!」
戦争でもないのに、いや、多分戦争で武器を渡されても、
私なら撃てずに殺されるだろう。
そんな私の思いも知らず、相手がまた向かってくる。
「愛未ちゃん!」
「はいっ!」
足を踏み出し、剣で突く。
避けられるから避けた方に振る。
バリバリ!
「がぁっ!!」
続けてもう一人が向かってくる!
突いて、振る。
バリバリ!
「ぐあぁ!!」
まだ4人いる筈が、3人になっていた。
「一人いない!?」
「薊の方だ。そっちは良いから相手に向かっていて!」
薊叔母さんは大丈夫なの!?
薊の方は苦戦していた。
この手の仕事の際ならもっと準備してくるものを、
今回は管狐4匹だけだった。
相手の式神の方が数が多く、
管狐が身を呈して叩き落しているため、
そろそろ管狐が苛立ってきていた。
そんな時、式神使いの横に移動した一人が言う。
「撤退だ。」
「何故だ!こっちは押しきれる!!」
「狐の霊力が思っていたより残っている。」
「何故だ!?犬神を20人もぶつけたんだろう!?」
「犬神憑き、だ。神の末裔相手ではやはり力不足だったんだ。
このまま続けても損害を回収する人手が足りなくなる。」
「くそっ!預けたぞ!!」
横を走り、去っていく男たち。
愛未の前では倒れた男たちを背負って回収していく。
「一昨日おいで…」
薊にとって、霊力の訓練もそれを用いたアルバイトも、
あくまで今後に子孫が霊力を発動した際に訓練してあげる為の準備としてやっている。
公権力の影の暴力機関との戦闘など真っ平だった。
愛未に至っては、その場に座り込んでしまっていた。
何も考えていなかったのに気づいた。
土蜘蛛が本当にいるのだから、それを討伐する人間もいる訳で。
そもそも建くんは襲われて弱っていたんだから、
そのことを真剣に考えていなかった。
世の中は物質社会で、民主主義が正義で。
そんな表の世界に隠されてしまった影の世界があって、
私の前にそんな影の世界が姿を現して来た事を実感してしまった。
「愛未ちゃん、ありがとう。筋は悪くないよ。」
「絶対嘘だよね…」
建は愛未を励ます事に失敗した!
薊叔母さんが声を掛けてくれる。
「怪我はない?」
「うん…」
「とりあえず豊島区を出ましょう。」
「なんか近づくなって言ってたもんね。」
池袋から下り電車に乗って帰る。
精神的に疲れたので、うとうとしてしまう…
…薊叔母さんに寄りかかって寝ていた。
「ごめんなさい…」
「良いよ、疲れたでしょ?」
「うん…」
地元駅近くのファミレスで薊叔母さんとスパゲティを食べる。
最後にファミレスに入ったのが、高校合格祝いで叔母さんと食べた時だから、
8ヶ月ぶりかな…
冷食のスパゲティだとこういう味にならない。
「オリーブオイルの風味ってあるよね。
まあその他の味付けも違うけど。」
「うん。」
家で食べるおかずは醤油味でいいかな。
食事にそんなにお金かけられないし。
家で別れ際、薊叔母さんが言う。
「危険な目に遭わせてごめんね。今後はこういう事がない様に気をつけるから。」
「うん、大丈夫だから。」
叔母さんはいつも気を使ってくれる。そんなに気にしなくて良いのに…
その日の晩、夢を見た。
桃の絵が書いてある鉢巻をした薊叔母さんが漕ぐボートに乗って、
小島に向かう。
舳先にはサルと建くんが、
叔母さんの向かいには鳥の絵が書いてある鉢巻をした私が座る。
小島に乗り上げ、叔母さんが狐火の剣を振ると、
そこら中が火の海になる。
赤ら顔の金髪さんと、青い顔の金髪さんがやってきて土下座をして許しを乞う。
鬼ヶ島は王立海軍の基地だったらしい…
叔母さん、非戦闘員も見境なしに攻撃するのは国際法違反だよ、
と言いたかったけど、
武器を持った薊叔母さんは凛々しくてちょっと怖かったので、
何も言えなかった…
この物語はフィクションです。
登場する地名は実在する土地と一切関係ありません。




