羽毛布団はコインランドリーで洗われる夢を見るか?
人々は睡眠障害に悩まされていた。ストレスで寝れない。夜中に目が覚める。昼間に耐え難い眠気に襲われる。夢が悪夢ばかり。深い眠りにつけず、眠る時間も十分に取れない。
私は、とある大手布団メーカーに勤めている。そんな悪夢のような状況を、より良い布団を生み出す事で少しでも改善出来ないか、と考えたのだ。眠気を侮るなかれ。両親と妹、そして唯一の肉親である忠犬サンフランシスコ茂煮太郎は、居眠り運転が原因の、車十三台、オートバイ三台、トラック二台、バス一台、そしてサメ四〇匹の絡む多重事故でシーフードドッグミンチになった。
似たような事故は世界中で多発している。あまりに眠れず気が狂う者まで出る始末。この間は北の大地で、家に逃げ込もうとしていた青年をその同級生が刺し殺し、通りかかったピザ屋の配達員と一緒にコーラを飲みながら死体の肉を切り取って生のまま食べるという、通称人肉刺身パーティー事件まで起きた。どうやら正常な判断が出来なくなっていたらしい。
睡眠不足に関しては私だってそうだ。小さな物音、息をする度にミシミシとベッドから音がする程度でも気になって眠れない。寝ようとすると段々と布団の中が暑くなってきて眠れない。
そこで私は思った。布団に温度自動調節機能があれば良いのに、と。そして気がついた。今は人工知能も発達していて、それを使えば、寝るのに適切な温度を保てるのでは?
思いついたらすぐシェアをする。皆と意見を交換する。それが私が大切にしている事だ。なのでうちのグループメンバー達に発表してみた。この会社は、何人かでグループを作る。良い意見が出たらグループ内の話し合いでそれを磨き、会議で上に上げるのだ。メンバーはいい具合に集められる。例えば、話を進めるのが上手い社員や、発想が面白い社員、冷静に物事を見る事ができる社員に、意見をまとめるのが上手い社員。そういった特徴を持つ社員は被らないで、大体一人ずついる。
さて、思いついた事は、もう全て言い終えた。
「というのはどうでしょう。各社と協力し、勿論布団は我が社の誇る高品質羽毛布団を使用するというのは」
「それは確かに良い。積み重ねた信頼もある。だが、コストがかかるだろう」
「それに価格がね。採算は取れそう?」
「はい。最初のターゲットは富裕層です。今の時代、睡眠の質が食事のそれよりも重要視されます。確かな効果があれば、必ず売れます。質の良い睡眠が金で買えるとなれば、皆飛びつきますよ。乗りもしない車を買うよりも、よっぽど良い」
「確かになあ。それにしても温度調節機能かぁ。布団、重くならないかなぁ」
「あ、いいこと思いついた。敷きパッドにでも仕込んだらいいかも。ほら、電気カーペットみたいに。で、布団の方に温度感知機能つけるの。でも冷やすのは難しいかな。まあ取り敢えず、上げてみたらいいんじゃないですか」
「分かった。明日の会議で言ってみよう。どうなるか私も興味がある。成功すれば――すまない。眠気が襲ってきた。少し寝させてもらいたい」
部長のいつものが来た。しょうがないのだ。彼は普段眠くなる事がない。夜でもだ。よって寝れない。しかしこのように、唐突に眠気が襲ってくる時がある。こういう時に寝かせてあげないと、彼は寝る事が出来なくなってしまう。
「いつも通り、きっかり三十分でよろしいでしょうか」
「ああ。それ以上寝たら気が狂ってしまう。頼んだよ」
部長はソファーで横になり、持参していた毛布を自らの上に掛けると寝た。動きに無駄はなく、眠気が覚める前に少しでも早く寝ようという気持ちが痛い程伝わってきた。きっかり三十分というのは、それ以上寝ると恐ろしい悪夢を必ず見るのだそうだ。
そんな部長を見ていたら、気がつくと、自分を含めメンバーの皆は涙を流していた。
あれから数日経って聞いたところによると、承諾されたらしい。よくよく考えると問題点ばかりなのだが、皆睡眠に飢えているのか、正常な判断が下せないのか。そして今入った情報によると、とんでもないことになっている。
まず、形状はよくSF映画で見られるような、コールドスリープに使われるカプセルの様なもの。布団は勿論我が社の羽毛布団だ。機能には追加で、人工知能が適切な温度を判断し管理。ここまではまだいい。ここからだ。人工知能は会話が可。メンタルケア機能付き。健康状態、趣味趣向、睡眠の深さなどから、その時に最も効果的な音楽、そして振動を与える。
取り敢えず詰め込むだけ詰め込んでおけといった感じだ。だが、この間のニュースを思い出し、今その続報を見て、そこまでする必要があったのだと、睡眠不足の重大さを改めて実感した。
『ちゅ、中継です。国会中に暴動が起き死傷者が多数出ましたが、死者は負傷者で十五名となりました。α総理……Ω総理? はこの件について、会見を開きます。あ、あ、今、X総理が来ました。あれ、ネズミ?』
『穂峯さん、大丈夫ですか?』
死者十五名。何故こんな事になったのかというと、この間の国会で、睡眠不足は政府の対策不足のせいだと野党が責めていたら、睡眠不足から発狂した議員が物を投げつけた。それでそれまた睡眠不足から自制心が吹っ飛んでいた議員達が発狂。スイッチが入ってしまったようで、殴り合いはするわ机は壊すわの大乱闘。流血沙汰だった。後の検査では、騒動で暴れた議員の殆どは深刻な睡眠不足と悪夢に襲われていたそうだ。ネットの噂では、それを機に精神が壊れた人もいるらしい。
『えー、今回の件につきましては――?』
総理は固まってしまった。顔色が悪い。隈も酷い。大丈夫だろうか。様子がおかしい。口をパクパクして、胸を押さえ始めた。目を見開く。異常に気づいた記者達はざわつき始め、近くにいた人が駆け寄り救急車を呼ぶ。様子を見るに、心臓発作か。ストレスも睡眠不足も酷そうだった。
やはり、睡眠不足が原因かと思われる心臓発作で、総理は亡くなった。大混乱だ。ついでの情報で、あの様子のおかしかったアナウンサーは失踪したそうだ。何でもあの後スタッフが皆倒れて、目覚めると何人かが死んで何人かが消えていたそうな。まあよくあることなので、ネットニュースに少しだけ載ったくらいだ。
そして例の高機能羽毛布団プロジェクトは依然進行中。また機能が増えたらしい。なんでも、実現可能な事は全て行う。最善を尽くすのだとか。増えた機能で最も注目すべきは、どうやら好きな夢をある程度見る事ができるようになったという事だ。なんでも最先端技術で、無害ですごい電波か何かを飛ばすらしい。脳波がどうのこうの。さっぱり分からなかった。AIは成長し、もう人間と同じような会話が出来るのだとか。世界中のデータを学習させたとか、新しいプログラムをAI自身に作らせたとかなんとか。こちらも同じく、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
提案したのは自分だが、最早原型は無くなっている。だが、これらの機能が本当に実現されれば、歴史を変える事は間違いない。
グループのメンバー数は、いつの間にか半分になっていた。
あれから数ヶ月。候補が次々と倒れたことから心配されていたものの、新しい総理は無事決まった。議員は減らさた。しかし減った人数の方が多かった。そして、人々は相変わらず睡眠不足に悩まされていた。様々なサプリが出回ったが、効果があるどころか人体に有害なものまである。世界の人々の死因で大きな割合を占めるのは、睡眠不足が原因とされる心臓発作、発狂などだ。
プロジェクトはいよいよ大詰め。試作品が完成し、テストをする事になった。被験者の中にはなんと社長がいる。というか殆どが幹部や、社会的地位の高い人々だ。何故あんな荒唐無稽な案が受け入れられ、しかも実際に実現、それどころかどんどん機能を付け足していったのか。その理由が分かった。そもそも社長がそれを試したかったし、それを聞いたお偉いさん方が圧力をかけたり援助をしたりでもしたのだろう。
そういう意味では最初に私の言った、富裕層が欲しがる、というのはあながち間違いではなかったのかもしれない。
因みに社員はもう、殆ど居なかった。皆バタバタ倒れていってしまったのだ。限界だったのだろう。私はまだ比較的軽度なものだから良いのだが。業務に関しては問題ない。会社が機能していたとしても、相手がいないのだから商売が成り立つわけがない。
今日は部長でテストをする。私も立ち会いを許された。何の機能のテストかというと、使用者の望む夢をある程度見る事が出来るという機能だ。部長は睡眠時間が三十分を超えると、必ず悪夢を見る。信じられないかもしれないが、そういう体質なのだ。なのでこれで悪夢を見なければ、機能の効果は証明された事になる。
羽毛布団の蓋(文字にしてみると意味が分からない)が開き、部長はその中に入る。そして仰向けになり、目を閉じた。寝始めたのを感知した布団が、自動でドアを閉める。手を挟んでも大丈夫なよう、非常にゆっくりと、静かに。
部長は眠りに落ちた。ところで、どう成功を確認するのかだが、何と使用者が見ている夢をモニター越しに見る事が出来る。ついでに、相手が見ている夢のデータを受信し、その夢を見ることまで出来る。他人の夢の中にリアルタイムで出現出来る、つまりは異床同夢はまだ今の技術では不可能だが、後から同じ夢を見る事は可能なのだ。
モニターの中で部長が喋っている。彼は羽毛布団の中から起き上がった。
『ああ、やっと起きられた。実験は成功したよ。しかしすごいね、望んだ展開とは違ったが、まあそれは仕方がないだろう。なんせこいつの夢の中に入ってるわけだからな』
『いやあ、部長が起きた後もモニターに夢が映りっぱなしだった時は驚きましたよ。まさかこの羽毛布団が部長の夢の続きを見るなんて。しかしまあ、ここまではっきりとした夢を見せられると、どっちが現実なのか分からなくなる。ま、勿論こっちが現実ですがね』
『それは分からないぞ。あの悪夢にいた時だってそう思ってたんだ。ここが虚構でないという保証はないだろう』
『それもそうですが。おっと、この布団寝言まで言ってますよ。これじゃどっちが人間か分からないですな。起こせ――いや、干せか。そうだな、洗っておくとしましょう。君、こいつの電源を落としてくれ」
私が電源を落とすと、モニターが消えた。それと同時に我々も