第69話 出発
出発の日の朝。
アイシャとキールとトリスは、村の端――祭りの広場にいた。
アイシャの家族は不安そうだが、見送りに来ていた。
「気を付けるのよ、アイシャ」
「絶対に帰ってくるんだぞ」
「ま、ドリアードは人間と違って魔法が使えるからね。暴漢とか、いざとなったら魔法でひねり潰すこと」
「ひねり潰すってどこを!?」
「アソコを」
「ひぃっ!」
ジオは言った。
「……本当に、それくらいしなきゃ。ね。フルールフートみたいにみんながいい人じゃないんだよ」
「わかったよ。お兄ちゃん」
マリィがとてて……とやってきて、アイシャに小さな袋を渡した。
「これ、持って行ってください~。これはぁ、木の実を蜂蜜につけて干したものですぅ~!」
「マリィ……」
「外の様子、また聞かせてくださいねぇ」
「ありがとう!」
長老とファルマコさんも並んでいる。
「お前達、達者でな」
「薬草をいくつかお渡しします。つかってください」
「ありがとうございます……!」
キールも自分の両親や、護衛団の仲間と挨拶を交わしている。
トリスは、ロフィマ様に先に戻ることを謝っていた。
そうして、――トリスはホワイトドラゴンの姿になった。
いよいよ出発なのだ。
乗りやすいように、鞍をつけさせてもらう。
アイシャとキールは、トリスの背にまたがった。
キールの家のホワイトドラゴンは3人乗っても余裕だったが、トリスは少し体が小さいため、ふたり乗りでちょうどいいくらいだった。
白いうろこを、アイシャは撫でる。
「じゃあね! みんな! またね!」
「行ってくるぜ!」
「……(こくり)」
アイシャとキールは、村人に向かって手を振る。
トリスは頷くと、助走をつけて飛び立った。
空の上高く――上昇していく。
青い空と白い雲に向かっていく。
トリスは、森の外を目指して――南側へと飛んだ。
アイシャが下を見ると、村がどんどん小さくなっていくのが見えた。
「……いってきます」
トリスの翼は平行になり、風に乗った。
アイシャがいつも目印にしていた一本松――矢文を送るときだ――を、あっという間に超える。
「わぁぁああっ! ついにっ……精霊の森の外に行くんだ!」
アイシャが喜んだのも束の間、
ビュオオオオッ
と強風が吹き、
ぐらぁっ
とトリスは体勢を崩した。
「きゃあああああっ?!」
アイシャらは体勢を崩したまま急降下をする。
そして、ボフンと土煙が舞い――トリスは、着陸した。
ちょうど木もない所に着陸できたらしい。
羽が無事なのを確認すると、トリスは人の姿に戻った。
「ごめんごめん」
「びっくりしたぁ~……」
アイシャは、尻餅をついていた。
幸い、怪我はないようだ。
きょろきょろすると、キールは少し遠くに転がっていた。
が、体を起こしたので、アイシャはほっとする。
「大丈夫みゅん?」
「うん。大丈夫みたい。地面が柔らかかったからかな……」
見渡すと、そこは小さな花畑だった。
(まるで、はじめてトリスと会った時みたいな場所……)
「じゃ、行くみゅん!」
「うん、行こう! ――って、えぇっ!?」
みゅん太郎がやってきて、アイシャの肩に登った。
「みゅんちゃん!?」
「ボクもついて行くみゅん!」
「君、森から出られるのかい?」
「ボクたちはどこでも行けるみゅん!」
「そうなの!?」
「巫女たちだけで行っても、光の精霊はでてこないかもしれないって、マザーが言ってたみゅん! ボクが行けば大丈夫みゅん!」
「なるほど……」
みゅん太郎もついてくるようだ。
トリスは、花を一輪摘んだ。
「はい、これ。アイシャの花によく似た色だよ」
「あ、ありがとう」
アイシャは、手渡されたピンク色の花を見た。
確かに、アイシャから咲く花によく似た色だった。
風が強く、ふわりと花びらがあたりを舞った。
その光景も、――あの日のようだった。
「アイシャ……」
トリスは、再び、最後の記憶を取り戻した日のことを思い出していた。
(僕を庇ってくれたアイシャ。僕を信じてくれたアイシャ。記憶喪失だった頃から、明るく優しく接してくれたアイシャ。…………)
花畑に立つアイシャは、――今が一番綺麗に見えた。
街では得られない輝きだろう。
森の精霊――メリアスも美しかったが、それに負けてないなと思ってしまう。
……ドキン
トリスの胸が、跳ねた。
「…………」
トリスは、アイシャの前にそっと跪く。
「えっ、な、なに……」
「…………」
トリスは、にこりと微笑んだ。
そして、それから――
アイシャの手を取って――キスを落とした。
「…………っ!?」
アイシャは顔を赤くして一歩下がる。
しかしトリスはアイシャの手をぐいと自分の方に引き寄せた。
「アイシャ、僕は…………」
トリスにも、その先は言えなかった。
なぜか、体が勝手に動いて、手にキスをしてしまったのだ。
(…………? でも、なんだかいい気分だ)
「だああああああああああああああああーーーっ!!!」
そこへ、キールが猛ダッシュしてきて、トリスを引き剥がす。
アイシャの肩を自分の方へぐいっと引き寄せた。
「なにしてんだー! このくそ竜ーっ!」
「したかったからしたんだ」
「二度とすんな!!」
「あー……」
トリスは、キールがアイシャのことを想っているのを思いだして、
「……僕、君のこと応援できないかも。なんか不快だ」
「なんだとーっ!?」
「護衛なんて僕ひとりでいいと思うんだ。聖なる力もあるし。ホワイトドラゴンだし。人間より強いと思うなぁ」
「んだとコラ!! 俺だって鍛錬してんだけど!!」
「君は途中ではぐれたことにしてさ」
「ぜってぇー離れねぇー!!」
ふたりは、言い合う。
その間、アイシャはずっとキールの腕の中にされたままだった。
他人の――キールのぬくもりが、ずっと肌に触れている。
体が密着して、ずっといっしょだったのに、初めて体のにおいを嗅いだかのような……。
(ひ、ひぇ~っ!! なにこれっ!? なにこれっ!? な……っなんかっドキドキするっ!! キールのくせにっ!!)
この『キールのくせに』という感情が、彼の存在を恋愛対象から見えなくしていた。本人に自覚はない。
しかしその反面、アイシャの顔は真っ赤になった。
(恥ずかしい!!)
アイシャは顔を赤くしたまま、抱かれるがままになっていた。
「っつーかさぁ! ……。……っ!!」
キールはふと我に返って、腕の中を見る。
「…………あは」
「うわぁーっ!?!?」
キールは真っ赤になって、慌ててアイシャを離した――もとい放り投げた。
アイシャはぽーんと花畑に着地した。
「わわっ」
「お前が勘違いさせるから悪いんだろっ! いーかっ!? 王都に行ってもこーいうへらへらした胡散臭いやつを選ぶなよ! つーか誰も選ぶなよ!」
「は、はぁーっ!?」
「失礼だね。穏やかな微笑みと言って欲しいな」
「それのどこが穏やかなんだよっ……」
「なんなのふたりともっ……!」
アイシャはなにがなんだかわからず、花畑に座り込んだ。
(……それにしても。さっきのトリスのアレって……)
アイシャは考えた。
(忠誠の証だよね―!! 本で見たことある―!!)
……例のおとぎ話の本だ。
(騎士に忠誠を誓うドラゴンの図!! 素敵! 憧れてたんだぁ!! ああいうのいいよねぇ!! かっこいいよねぇ!!)
アイシャは、トリスのキスをドラゴンが忠誠を誓うポーズだと思い込んでいた。
トリスに脈があるなど、もう微塵も思っていない。
アイシャは続けて、キールのことを考えた。
(キールのさっきのはちょっとびっくりしたけど、……まあいつも通りっちゃいつも通りかなぁ~。なんか村でも他の人とお話ししてると、結構腕をぐいーってされるし。クセなのかな?)
これが男性との会話限定で発生していることに、アイシャはまだ気がついていない。
(キールは人間だしー。護衛団だしー。いつも私を守ってくれるしー。だからまあいつもこんな感じだよね。これからもそばにいてくれるから安心!)
そんなことを考えていた。
(なにをふたりで喧嘩してるんだろ……)
ふたりがなにを喋っているのか、アイシャにはもうついていけない話になっていた。どうも肝心なところがふわふわしていて、分からない。
(……ま、いっか!)
アイシャは、ぐんと伸びをした。
春の青空が、すがすがしい始まりの日を応援してくれているようだ。
私は、精霊の森で暮らしていたドリアードのアイシャ・クラネリアス! 結婚相手が決められているなんて嫌なので、今日、私は精霊の森を出ます。
……ヘタレ幼馴染みと天然司祭様(予定)がそばにいるけど、私のことは好きじゃない……はずだよね!
――……だから。
「よぉ~しっ! 王都で彼氏GETするぞーっ!」
「………………」
「………………」
キールとトリスが、アイシャのことを見て、――頭を抱えた。
灯台下暗しな冒険が、始まったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
これで、【第一章・花祭り編】完結です!
初投稿だったので、第一章を書き終わるまでに思ったより日数がかかりました。
楽しく書いたので、楽しんでいただけたら幸いです。
次回より【第二章・王都編】になります。
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