第67話 旅の理由
アイシャは村に帰る途中で、川に寄った。
今日は、郵便屋が来る日なのだ。
「やあ、アイシャちゃん」
「郵便屋さん!こんにちは」
ちょうど、郵便屋がきていた。
郵便屋は小舟を桟橋につけ、郵便物を『郵便受け』へ入れているところだった。
「ああそうだ、こないだのお手紙、お返事が来てるよ」
「え! うそっ!」
アイシャは慌てて手紙を受け取る。
「ボトルメールを見てくれた、おばあさんの!」
アイシャは、ロマンチックな出会いを夢見て、ボトルメールを流していたのだった。
それに返事をくれた老夫婦に、アイシャは『イケメンの孫が居ないか』と聞き返していた。
「ま、難しいと思うけど……」
手紙を開封する。
「えーと、『アイシャさんへ。男の孫はおります。王都の鍛冶屋で住み込みで働いています。セラ……孫に会ったらよろしく……』……」
「…………」
アイシャは、手紙を掲げた。
「や、やったー!」
今となっては森の外へ出ることが出来るが、見知らぬ人に突然街で話しかけまくるというのもどうかと思っていた。
話すきっかけになりそうだ。
「王都だし! ちょうどいいっ!」
アイシャはうきうきで村へ戻っていった。
***
村へ戻ると、長老が待っていた。
「おお、アイシャよ。確か、事件を解決したら通行手形が欲しいと申しておったな。どれ、授けてやろう」
「長老! もうもらいました!」
「おおそうか。まあ今回は大目に見て――ん?」
「もうもらいました! メリアスから!」
「…………」
長老は、アイシャの額に手をかざす。
「……本当じゃ。精霊の祝福を感じる……。一体、なぜ……」
「話すと長くなるので、長老の家へ行きましょう」
***
「かくかくしかじか、てなわけです」
アイシャは、長老の家でメリアスとの会話を話した。
家には、アイシャと長老しかいない。
トリスとロフィマ様は、薬師のファルマコさんの家に行っているのだという。
「……なるほど。では本当に村を出るのか?」
「はいっ!」
「…………。ひとつだけ、絶対に忘れてはならんことがある」
「なんですか?」
「一ヶ月に一度、必ず森へ帰ってくる事じゃ」
「えぇっ!? なんでぇっ!?」
(それじゃあ旅にならないじゃん!)
長老は言った。
「……わしらドリアードは、精霊の森から長く離れることができぬ。枯れたくなければ、必ず1ヶ月に一度戻ってくるのじゃ」
「枯れる……」
アイシャは、自身の緑の髪と――そこから咲く花を見た。ドリアードは、人間ではない。ドリアードなのだ。
精霊の森で暮らす分には気にしたことがなかったが――そういう制約があった。
「村の者は街へ出ても数日で戻りたくなり、戻る。お前みたいに外をいつまでもうろうろしたいという者に……ドリアードは向かん」
「えぇ~……。でも、森を抜けるのに歩いたら1週間くらいかかるんでしょ?」
ドリアードの場合だ。人間だと倍の日数がかかる。
「森を出た最初の街から王都まで馬で7日じゃ」
「む、無理~! 森まで帰ってこないといけないんだから、往復でしょ? 移動だけで一ヶ月終わる! 山は!? 谷は!? 冒険はぁ~!?」
(そんな制約があったなんてっ! 知らなかった~っ! 近場の街でもういいかなっ!? でもそれもどうなの~っ!?)
アイシャは頭を抱えた。
と、そこへ
ギィ……
とドアが開く音がして、
「じゃあ僕が送っていくよ」
トリスが入ってきた。
***
トリスは言った。
「僕の背に乗っていったらいいよ。……帰りは送っていってあげる」
「背って……おんぶってこと!?」
アイシャはボケたが、
「ホワイトドラゴンの背中だよ」
まともに返された。
「まぁ、ホワイトドラゴンの背に乗れば、この村から3~4日で王都まで到着するからのぅ。もちろん、適宜休憩が必要じゃが」
「いやぁ~でも……一回じゃないと思うし……私は何度も街にでたいし。悪いよ」
「何度でも送っていってあげるよ」
「そ、そう?」
そこまでしてもらえると思わなかったので、アイシャは驚いた。
トリスは言った。
「……お見合いするまで、あと1年なんでしょう?」
「そ、そうだったー!」
最長でも、あと1年しかうろうろできないのだ。
何年も放浪するわけではない。
「最長12往復……かな? 大丈夫だよ」
「ありがとー!」
ロフィマ様がやってきて言った。
「私たちも森に着くまではトリスの背に乗ってきたのですが……森で休憩しているときに、怪我を負ってしまい、そこから徒歩になってしまったのです」
「そうだったんですね」
「結構森を入ってすぐのところだったから……ほとんど徒歩になってしまったんだ」
トリスは、腕をさする。
アイシャはトリスの包帯がとれていることに気がついた。
傷はもう治っている。
(治ってる! よかった)
アイシャは、思い出したように話す。
「っと、そういえば、花祭りの司祭様は本来ロフィマ様だったわけでしょう? じゃあトリスは? なんのためにフルールフートへやってきたの?」
「あぁ、それはね。……父さんと弟を探しに来たんだ」
「お父さんと……弟さん……」
それは、トリスから初めて聞く話だった。
トリスははじめ母親のことしか思い出せなかったが、最後に父親と――それから弟のことも思い出したのだ。
「母さんが父さんを探してて。でもどこにいるか分からないんだ。ずっと手がかりがなかったんだけど、女神様が、フルールフートにはホワイトドラゴンがたくさんいるから行ってみるように、と。そう言ってくれたんだ」
「ってことはもしかして……」
トリスは頷いた。
「うん。僕の父さんは……ホワイトドラゴンなんだ」
トリスは父の手がかりを求めて司祭のロフィマについてやってきたが、途中で記憶喪失になってしまったのだ。
トリスは言った。
「さっきまで、僕は村中のホワイトドラゴンを見に行ったけれど……父さんはいなかった。……期待してきたんだけどな……」
「あ……」
村に巣を作っているホワイトドラゴンは20頭ほどだ。
民家の屋上を覗くだけなので、確認するのは早くできた。
「……ま、本当に父さんがこの村にいたなら、すぐに会いに来てくれたと思うけど」
「……」
「だから僕は、この村に何度も来ることになるっていうのは、なんだか嬉しいんだ。むしろ、ありがたいくらいだ。……父さんが、寄るかもしれないだろう?」
「トリス……。確かにね、森にも巣があることもあるし! 昔見慣れないホワイトドラゴンが近くの森にいたことあるし! 定住って感じじゃないのしてるホワイトドラゴンもいるみたいだし! 可能性はあるよ!」
「うん」
アイシャは言った。
「トリスのお父さん……と弟くん、見つかるといいね」
「ありがとう。…………」
トリスは……眉を下げて微笑んだ。
それを見たアイシャは、
(……って、もしかしてこれって、私とトリスのふたり旅ってこと……っ!?)
と、気がつく。
あわあわしていると、長老が言った。
「おおそうじゃ、それから、お前の旅には護衛団からキールをつける。必ず、どこへ行くにも一緒に行動するように」
「…………」
ふたり旅ではなかったようだ。