第66話 精霊のお願いごと
アイシャとみゅん太郎は、再び精霊の木へとやってきた。
「マザーが呼んでるって……どういうこと!?」
「マザー!」
みゅん太郎はアイシャに返事をせず、精霊の木に向かって話しかけた。
すると、
パアアアアァッ
と、精霊の木が強く光り――
精霊の木から、小さな精霊がでてきたのだ!
体長30センチ程度の、小さな――お人形のような少女だ。
長い髪、背に羽を持ち、とがった耳に、人とは違う衣服――
伝承通りの精霊の姿が、そこにはあった。
精霊は宙に浮き、アイシャの元へと降りてくる。
「…………」
ごくり、アイシャの喉が鳴った。
みゅん太郎が元気に挨拶をする。
「マザー! おはようみゅん!」
「……しくしく……わたくし、未婚なのにマザーと呼ばれておりますの……」
ずるっ
アイシャは肩から転げそうになった。
(な、なに―!?)
精霊は話し出した。
「わたくし、メリアスと申しますわ。この精霊の森の大精霊ですの」
「精霊の木に大精霊が宿ってるって、本当だったんだ……」
「今年の巫女は凄いらしいと聞いて、あなたのことをお呼びしましたの」
「凄いらしい……? ……ああ!」
そうだ。そういえば、みゅん太郎も当初言っていた。
――「『今年の巫女は凄いらしい』と噂を聞いたのみゅん……! だから、ボクにもお手伝いさせて欲しいみゅん!」
――「『凄いらしい』……? あぁ!」
――アイシャは、ノアに――去年までの巫女役に――「アイシャの魔力は同世代より凄い」と言われたことを思い出した。
「あれね! みゅんちゃんも言ってたけど、……魔力がなにか関係あるの?」
「魔力?」
「みゅん?」
「え?」
精霊――メリアスとみゅん太郎が首をかしげたので、アイシャは頬を掻いた。
「えーと? それ初めて会った時言ってたよね。魔力が凄いって……」
「みゅん? 魔力が凄いとは言ってないみゅん!」
「…………そうだっけ?じゃあなにが……」
言いかけて、アイシャはみゅん太郎の続きの言葉を思い出した。
――「どうやら、そうみたいなの」
――「みゅん。男の子を二人も連れて歩いてるみゅん。間違いないみゅん……!」
(…………ん?)
みゅん太郎は言った。
「今年の巫女は、恋愛力が凄いらしいと聞いたみゅん!」
「えっ……えぇえぇええええぇぇっ!?」
(誤解ーっ! 恋愛なんてしてないけどっ!)
「いやっ! 私彼氏いないしっ! 好きな人いないしっ!」
「その力を見込んで――頼みがあるみゅん!」
「聞いてーっ!」
「マザーの仲人をしてほしいのみゅん!」
「よろしくお願いいたしますわ」
「へっ?」
なんだかおかしなことになったぞ、とアイシャは思った。
***
メリアスとみゅん太郎の話は、こうだった。
「マザーの花が最近一つしか咲かないのは、ボクらも心配しているみゅん。マザーの力が弱って、森の力も弱まってるみゅん……!」
「……今は花が一つしか咲きません。なくなるとまた一つ生えるだけですわ」
アイシャは、(精霊の花が減って以来、ドリアードも魔力が落ちてるって話だもんね)と思い出した。
「この精霊の花を、増やして欲しいのみゅん!」
「増やせるのぉっ!?」
「ええ。きっと、また」
「どうやって!?」
(花が増えたら万々歳じゃん!)
「それは……」
メリアスは言った。
「わたくしの結婚相手になるよう、あの方を……光の精霊を説得して欲しいのです」
「え……っ、えぇぇっ!?」
「……マザーは50年前くらいに光の大精霊に振られたのみゅん。それからショックで花が毎年どんどん減っているのみゅん」
「……しっ!」
「あ……そういう理由なんだ……」
光の大精霊。王都に祀られている――教団のご神体に宿るという話だったはずだ。伝説では四大精霊が国を興した……うちの2体が……そういった関係だとは。
「あなたはドリアードの中でも異質で、村の外で結婚相手を探そうとしています。そんなあなたを見込んで、頼みがあるのです。彼をなんとか頷かせたいのです」
「…………はあ」
なにやら予想外の話に、アイシャは面食らった。
「マザーは光の精霊のことが諦められないのみゅん。でも、もう一度会うは怖いのみゅん」
「……しっ!」
「はあ」
どうやら、アイシャに探りを入れてもらって、外堀を埋めたいらしい。
「自分で行くのが一番だよ」
「それができたら花を枯らしておりませんわ」
「えぇ……」
メリアスは、「およよ……」と泣くまねをした。
「いや、私通行手形持ってないし……。村の外っていうか、森の外に出れないよ」
「差し上げますわ」
「えっ」
メリアスは、アイシャの頭上に飛んだ。そして、アイシャの額に小さくキスを落とした。
すると、パアアアアァッとアイシャのおでこが光り――
光は消えていった。
おでこには、何も残っていない。
「通行手形ですわ」
「い、今のが……?」
通行手形は通常、長老が精霊の木の前で祝詞を唱えて授けられる。
精霊の木の祝福を、長老の祝詞を介して与えられているのだ。
通行手形とは物体――手に持つアイテムではなく、体にかけられた魔法――祝福だった。
メリアスは精霊本人なので、直接通行手形を与えることが出来る。
「これが……!」
「ええ。これであなたは、森の結界を通り抜けすることができますわ」
「ありがとう! ……ございます!」
(ついに……! これが、通行手形……!)
体調に変化はない。
今日から結界の外に出られるのだと思うと、不思議な感じだ。
メリアスは言った。
「今は村の中での幼いころからの許嫁からのそのまま結婚で面白くないのです……。果敢にアタックすることが素晴らしいことだと……あなたを見て、わたくしは思い出したのです」
「は、はぁ……」
「頼みますわ」
「ってことは、私の結婚相手を探すついでに、光の精霊にメリアスのいいところを吹き込めばいいってこと?」
「上手に! 頼みますわ」
「難しいこと言うなぁ」
(だいたい、一度振られてるんじゃあ……)
アイシャはメリアスを見た。
メリアスは……すがるような目でアイシャを見ている。
(……諦められないんだ)
「分かったよ。とりあえずどんな感じか、王都に行って話を聞いてくるから……。私、その光の精霊がどんな人かも知らないし」
アイシャが言うと、メリアスは嬉しそうに笑った。
「光の精霊の名前はエレクティオン。王都の教団に祀られていますわ」