第65話 司祭様
アイシャたちは長老の家に急いだ。
ドアを開けると、そこには来客がいた。
トリスは、その人物を見ると、わっと駆け寄った。
「ロフィマ様……! ご無事で……!」
「おぉ、トリスじゃないか! よくぞ無事で……!」
「それはこっちの台詞です……! 目的の花祭りからもう一週間ですよ……!」
来客は――捜していた、司祭・ロフィマだった。
ロフィマの捜索のために、長老らは探索用の魔法を飛ばしていた。グリーンベルの花は、ロフィマを上手く村まで導くことができたらしい。
ロフィマは、20代後半の青年だ。茶色の髪を短くし、白いローブのような服を着ている。服は擦り切れ、泥にまみれていた。
「大変遅くなり、申し訳ないです。今し方到着いたしたばかりで。どうも、森の中で迷ってしまったようなのです。花祭りに間に合わず、なんと言ったら良いか……」
「いいや。ご無事なことが何よりじゃ。それに。花祭りの司祭役はトリスがやってくれたのじゃ」
「……トリスが?」
ロフィマは、目を丸くした。
「トリスは事前に祝詞の勉強などしていないはずですが……」
「確かに、僕はなにも分かりませんでした。でも、上手くできたんです」
「……長老、本当なのでしょうか?」
「もちろんじゃとも。トリスは立派にお役目を果たしてくれた」
「そうですか。……司祭をやるには、簡単ではないはずですが……」
聖なる力は、修行を積んだ聖職者に光の精霊から贈られる……後天的な才能だ。しかし、聖獣にとっては生まれつき持っている力であった。当然、力は他の人よりは強いはずだ。
(言い方的に、『司祭様の方がトリスの現職より上の位』って感じ?)
アイシャは言った。
「じゃあっ、もう司祭様になれるってことなんじゃないですかっ?!」
「え……?」
ロフィマがアイシャを見る。
「……君は?」
「私はアイシャです。トリスの友人で――花祭りでは巫女役をしました」
(代役だけどっ! 今は肩書きが役に立ちそうだしっ)
「なるほど。巫女様。……はい」
「だからっ! トリスは昇進できるんじゃないかな~っと……! どうですかっ?!」
「……ふむ。なるほどですね」
ロフィマは、トリスを見た。
「……うん。王都に帰ったら、女神様に相談してみましょう」
「は、はい……!」
(やった……っ!)
アイシャはガッツポーズをした。
これでトリスは、名実ともに司祭様になるはずだ。
***
ロフィマ様が休養するとのことで、アイシャとキールは長老の家を追い出された。
トリスは、ロフィマ様に付き添っている。
とりあえずふたりで自宅への道をゆく。
キールは、しばらく黙ったままだった。腕を頭に組んで歩いている。
やがてそのまま、小さく口を開いた。
「……お前。どーしてアイツのこと、信じたんだ?」
「……なんのこと?」
「…………」
キールと目が合う。
(なんか怒ってる? 咎められるようなことはしたつもりないけど)
「……アイツが。犯人だっつてみゅん太郎が言ったとき。お前、アイツを庇ったよな。……そんなにアイツが好きなのか?」
「えっ…………」
思いがけない問いかけに、アイシャの足は止まる。
キールは腕を降ろし、アイシャをじっと見ていた。
(好き……って……。…………トリスには彼女がいるし……)
「……ううん! もーっ最初に言ったでしょーっ! 記憶喪失の司祭様に迫ったりしないって!」
「もうアイツ、記憶喪失じゃないけど」
「うっ……。とにかくっ! トリスとはなんにもないんだからっ!」
「! 本当かっ!?」
さっきまでとは打って変わって、キールは明るい表情を浮かべる。
アイシャは拍子抜けした。
(「また外の世界で恋愛とか抜かしてんのかー!」みたいな話かと思った)
キールは、にこにこしながらアイシャの肩に手を置いた。
「俺、お前の親友……だよなっ!?」
「う、うん」
「本当のこと言えよ! あとからやっぱり好きでしたーとかなしだぞ!」
「ないよ! 友達だって言ってるじゃん!」
「本当に?」
「ほ・ん・と・う!」
アイシャは、キールの頭を頭突きでぐいっと押し返した。
いつものことだ。
(なんなのーっ)
怒るような呆れるような……変な感じだった。
そんな時、
「おーい! キール!」
「あっ! 団長!」
遠くから人間の護衛団長が手を振って呼び止めた。
「お前の親父が帰ってきたぞーっ! 来いっ!」
「うっす!」
キールは返事をすると、アイシャの頭をぽんと叩いた。
「じゃ! 俺は行くから!」
「は、はぁーい!」
(なんかすっかり元気になっちゃった……。そんなに外の街の男の子と私が恋するのが嫌かぁ……。これってやっぱり……)
アイシャは、元気に走り去っていくキールの背中を見送った。
(これってやっぱり、うちのお母さんに止めるように言われてるんだ……!)
こっちの推理は外している、アイシャなのであった。
***
次の日の――朝。
アイシャが自室にひとりでいると、窓からみゅん太郎が飛び込んできた。
窓は丸い穴に蔓草が覆っているだけなので、その蔓草カーテンがかかっている中をバサァッと入ってきたのだ。
「アイシャ!」
「みゅんちゃんっ!?」
「探したのみゅん! 昨日はみんなお話ししてたのに村に帰っちゃったみゅん……!」
「あ、ごめん。ロフィマ様……っていう偉~い人が見つかったっていうから、ね。様子を見に行ったの」
「みゅん……」
昨日は確かに慌てていたので、みゅん太郎を置いてきてしまった。
みゅん太郎は言った。
「マザーがアイシャにお話しがあるのだみゅん!」
「え? マザーって……」
「アイシャたちが精霊の木と呼んでいる、母なるオークの木みゅん!」
「え、えぇえぇええええぇぇっ!? 精霊の木が、私を呼んでるぅっ!?」
(どういうことなのっ!?)
アイシャはみゅん太郎に連れられて、再び精霊の木へと向かったのだった。