第64話 待ち合わせ
「アイシャ、キール。それに……司祭様? どうしてここへ?」
「ノア……!」
精霊の木へやってきたのは、ノアだった。
長老の孫で、元々の巫女で、花祭りの前日に怪我をしていて、最近学校にも来ていない、ノアだ。
(……私の……最初の推理では犯人だと思った、なんて言えないよ~!)
「あ、あははは~……」
アイシャは、ノアの手足を見る。相変わらず、包帯が巻かれていた。
「…………」
アイシャが黙ってしまったので、キールは助け船を出した。
「俺達、ノアが誰かと待ち合わせるっていうから、来たんだけど」
「あら、どうしてそれを?」
「えぇ~っとぉ……」
まさか犯人だと思って……とは言えない。――助け船になったかは微妙だった。
「もうすぐ、人が来るわ。……あなたたちも、知っている人よ」
「えっ、それって……」
ザクザクと、再び草を踏む音が近づいてくる。
そして現れたのは――、
「ゴフェル兄ちゃん!?」
「あれ、ノア以外にもお迎えか?」
ノアの兄――ゴフェル・アイケイロスだった。
ゴフェルは、筋肉隆々の青年だ。22歳、男性のドリアードだ。砥草色の髪に黒っぽい花を咲かせている。
「……遅かったわね。予定よりもう一週間も後だわ」
「すまんすまん。あっちでちょいと問題があってな……。でも、手紙を出しただろう」
「……祭りの前日に読んだわ。ここまで来ないで済んだけど、……ある意味もう遅かったわよ」
「ちょ、ちょっと……どういうこと?」
アイシャが聞くと、ノアは「あぁ、ごめんなさいね」と言った。
「兄は、結婚して今は隣村に住んでるの。それで、久しぶりにこっちの花祭りにくるっていうから、花祭りの前日に、ここで落ち合おうって約束してたのよ」
精霊の森には、ドリアードの村がいくつかある。この精霊の木を超えた先に、フルールフートのような小さな村がいくつかあるのだった。
聞けば、ノアたちは本当にただの待ち合わせだという。
迷いの森である精霊の木も、迷わないドリアードにかかれば待ち合わせの目印らしい。
「だから、……私、もてなそうと思って……手料理を作ったの」
「料理……」
アイシャは、ノアの包帯を見た。
(料理、怪我、…………火傷)
「……あれっ?」
アイシャは、祭りの前日の夜のことを思い返す。
(ノアは、うちにきて、なんて言ったんだっけ……?)
――「ちょっと……料理をしていたらね。火傷をしてしまったの。明日は花祭りだっていうのにね……」
「あーーーーーーーーーーーーーーっ!」
ノアの体がびくっと震える。
「こ、今度は何?」
アイシャは、ノアに抱きついた。
「火傷で怪我したって、本当だったんだ……!」
「な、なに? 私、嘘ついてないわよ!?」
「うんうん……! そうだよね……!」
(よかった……! 本当の本当に、火傷だったんだ! 誰も疑わなくてよかったんだ……!)
アイシャは、心が晴れるのを実感していた。
「じゃあね、アイシャ。私たち、先に村に帰ってるわね」
そう言って、ノアとゴフェルは去って行った。
「「「………………」」」
「おい~!」
「うわぁーん! ごめんってばー!」
「あはは……」
ぺこぺこしているアイシャを見て、トリスは
(……さっきは、あんなにしっかり推理してたのになぁ)
と思いながら微笑んだ。
***
ノアとゴフェルが去った後、
「おおーい」
「あれっ、長老の声じゃない?」
アイシャは、声のする方を見た。
木立の中から、長老と――数人の姿が見えた。
キールが、肘でアイシャをつついた。
「そーいや、お前マリィに指示しなかったか?」
「あ……あー」
(そうだった!)
長老は、アイシャの頼み――犯人が見つかったから精霊の木へ来て欲しいという――を聞いて、ちゃんとやってきてくれたのだった。
やがて長老は山を登り切ると、精霊の木の前に辿り着いた。
アイシャは長老の傍に駆け寄った。
「どうしたんじゃ、アイシャ。……って、どぅわぁぁああああっ」
「長老!」
「せ、精霊の花が……!」
長老は、ひっくり返って精霊の花を指さした。
驚くのも無理はない。
今まで、盗まれたと思って捜査していたのだ。
「えっと、実はー……」
アイシャは、長老に今までの話をしたのだった。
***
「……なるほどのぅ」
「本当にすみませんでした……」
トリスが謝っている。もうこれで何度目だろうか。
「いや、記憶は先ほどまで戻らなかったのじゃ。それに……結果的に花祭りは完遂され、花は戻った。……村人たちは事件の発生すら知らぬ。青年団らには、わしが話そう」
「僕も行きます」
「……いや、大丈夫じゃ」
「僕からも謝らせてください」
「いや、」
「お願いします」
「……うむ」
長老は顎を掻いた。
「しかし、トリスがホワイトドラゴンだとはのぅ……」
「えっと……」
その話になると途端に、トリスは不安そうな顔をした。
「今年の花祭りは、ホワイトドラゴンにやってもらったということになるのか……」
「…………」
長老は、
「めでたいわい! 今年は特に御利益がありそうじゃ! ほっほっほ!」
「……長老!」
トリスの顔に安堵の色が浮かび、アイシャもいっしょに嬉しくなった。
その時、空がキランと光ると、
トスッ
一本の弓矢が降ってきた。誰にも当たらず、地面に突き刺さる。
矢柄には、手紙がくくりつけられている。――矢文だ。
青年団のひとりがそれを拾い、開封する。
それから、慌てて長老に手紙を見せた。
読んだ長老は、
「……! 今すぐ村に帰るぞ!」
「どうしたんですか、長老?」
アイシャが尋ねると、長老は言った。
「ロフィマ様が見つかったのじゃ!」