第63話 精霊の花
「でも……。トリスに悪気があったわけじゃないのは分かったけど……。どうしよう?」
アイシャは、精霊の木を見上げた。
精霊の木は、風で銀の葉をシャラシャラと言わせながら、そこにたたずんでいる。
みゅん太郎が言った。
「なにも心配してるみゅん? 植物は、花を付け、やがて枯れるし、それでもまた花が咲くみゅん!」
「いや、だからね――」
その時、突然――
精霊の木の枝葉の中で、ある一点が発光する。
そのまばゆい光は円形に広がり――まるで日暈のようだ。
光は一度ピカッととても強く光る。
それから、光は縮小していった。
やがて――
それは、一輪の花となった……。
その花は白く、太陽の光に照らされるとオーロラ色にきらめいた。
精霊の木に、ピカピカと光る白い花。
その花の大きさは20センチくらいで――
「あれが、精霊の、花……!? さ、咲いたの……?」
「最近、マザーは花を一つしか付けないのみゅん。でも、一つ食べられてもまだすぐに花が一つ咲くみゅん」
「えぇっ!? そ、そうなのぉっ!?」
(なんてこと!? えっ、えっ、……)
「で、でも……っ! 私達がこないだ来た時も、……それに青年団とかも調べに来てたと思うけどっ! ずっと花なかったじゃん!」
「みゅん? ずっとあったみゅん!」
「へっ……?」
アイシャは、考える。
(花は、食べられてもまた咲いて……? 「花はずっとあった」、けれど「ずっとなかった」。トリスはあれを『果実と間違えた』って言ってた……。)
アイシャは、はっとする。
「わ、わかった! 多分、これはタイミングの問題なんだよ……!」
「タイミング……? ってなんだんだよ」
キールが全く分からないといった顔をして、アイシャは頷いた。
そして、みゅん太郎にむかって言った。
「ねぇみゅんちゃん。精霊の花は、
①『ずっと一つの花を咲かせている。』そして、
②『誰かが食べてしまった時に、私たちは捜査に来ていた。』
③『花が再び咲くには時間がかかるので、食べられた直後には花はない。』
④『時間が経てば、花は再び咲く。』」
……こうじゃない?」
「……みゅん」
みゅん太郎は頷いた。
「どういうことだ? こいつが食っちまってから、ずっと花はないままなんだろ?」
「違うみゅん! ずっとあるみゅん! いつも通りだみゅん!」
「……はあ?」
(食料も持たずに歩いたトリスが、数日間で口にしたのは精霊の花だけ……。)
アイシャは言った。
「精霊の花には、……滋養強壮の効果があるんじゃない?」
「じよーきょーそー?」
「みゅん……? 精霊の花には精霊の力があるみゅん」
言葉が難しかったのか、みゅん太郎は首をかしげた。
アイシャは続けた。
「だけど、その強すぎる力で、普通の野生動物たちは食べることが出来ない。でも、それを食べることが出来る動物がいるはずだよ……」
「それって……」
トリスが小さく声を出し、アイシャはトリスを見た。
(そう、きっと――)
アイシャは、みんなの顔を順番に見て、言った。
「そう。――それは、ホワイトドラゴンだよ。この森に住むホワイトドラゴンは……時たま精霊の花を食しているんじゃないかな……?」
聖獣ホワイトドラゴンは、ペナルティーなしで精霊の木に触れることが出来る。
……花を食べることも可能だ。
キールが驚いて言った。
「えぇっ?! でもそんなの、誰も知らないぞ!」
「森で食べて森から帰ってくるんだから、見たことなくてもあり得ると思う」
「花は食べられても、何日後かには生えるみゅん」
「……確かに、……実際、僕はあの花を過去に見たことがある気がするんだ。……父さんが、食用として持って帰ってきた。……それに、この間キールの家のホワイトドラゴンからこの花の匂いがしていたよ」
「え、まじ?」
キールは、自宅から連れてきたホワイトドラゴンを見た。
少し離れたところで丸まって眠っている。
「まじか……」
「でもそしたら、花祭りの時って今までたまたま咲いてるとき……食べられてないときに来てたってこと……なのかな?」
「ううん。アレは日常的に食べるようなものじゃないから……」
トリスが言った。
「怪我をしたときとか……疲れてるときとか……そういう時にだけ食べるみたいなんだ」
「そうなの? 美味しいんでしょ? ならもっと食べられてそうだけど」
「美味しかった、けど……」
トリスは、歯切れ悪く言った。
「なんかペナルティーがあるような……」
「みゅん! 頭痛を引き換えに体の怪我が治るのみゅん!」
「…………。まあ、みんな嫌がってあんまり食べてないみたいだ」
アイシャは、「あれ」と言ってから、
「……記憶喪失は?」
「……それは……穴に落ちて頭を打ったから……かな?」
「そ、そっか、……」
記憶喪失と精霊の花は関係ないらしい。
それに、花は毎週食べられているわけじゃあなさそうだ。
基本的に、精霊の花は木に咲いているという。
それが分かって、アイシャはほっとした。
「そっかぁ~……。じゃあ、ワケを話せば長老も安心してくれるね」
「つまり、今まで俺たちの知らないうちに花はなくなったり復活したりしてたのかよ……」
「今回は僕らがタイミングよく食べちゃったみたいだ」
トリスは、後方のキールのホワイトドラゴンを見ながら言った。
その時、ガサガサと草を踏みしめる音がして――アイシャたちは振り返った。
後方の茂みから音がしている。
やがて、一人の人物が顔を出した。
「あら? あなたたち、こんなところで何をしているの?」
やってきたのは、ノア・アイケイロス――アイシャたちが、事件の犯人だと思って追ってきた、その人、だった。