第61話 否定と肯定
事件の真相に迫っていきます。
いきなりこのページを開いた方はネタバレに注意してください。
「精霊の花は、トリスが持っていったのみゅん!」
みゅん太郎の言葉は、トリスにとって予想外の言葉だった。
「――え?」
僕は、なんのことかわからず、――みゅん太郎を見る。
みゅん太郎は、にこにこしている――ように見える。
(――……なんで?)
なんでそうなるのだろう。
僕は真面目に生きてきたし、あんな大きくて目立つものを隠したりしていない。
(…………?)
自分の思考回路に異変を感じる前に、
ズキッ
頭に強烈な痛みが走り、僕は思わず額を押さえる。
(さっきから続いてる、この痛みはなんなんだ……? ずっと……頭が割れそうだ……)
下を向いた僕の頬を、汗が伝ったのが分かった。
ぬるっとした汗の筋は生暖かく、気持ち悪い。
今はとにかく、早く何か言わなくてはならない。
……でも。
(二人の顔を見るのが、怖い――……)
僕は乾いた唇を開いては、言葉を生み出せず閉じた。
カサカサと、引っかかるかのようだった。
***
トリスが、うつむいて震えている。
背の高い彼が下を向いても、アイシャから表情をのぞき見ることが出来た。
(……青ざめてる)
トリスは顔面蒼白で、それは「バレた」という意味なのか、……アイシャには分からなかった。
あの日の――事件の翌朝の、キールの言葉が思い起こされる。
――「……あのさ。――トリスが怪しくねぇか?」
――「…………えっ?」
――「犯人は結界を超えてやってきたんだ。――村に新しくやってきたやつなんて、あいつしかいないだろ。村人が持ち帰っても、どうせばれるのが関の山だと思う。あいつは王都にこれから帰るんだし、――村から出て行っても誰も怪しまねぇ。きっと王都で精霊の花を売るつもりなんだよ。俺たちのご神木は、王都でも伝説なんだろ? 高値が付くのかもしれねぇ」
…………。
あの時は、否定した。
じゃあ、今は?
(今は……)
アイシャは、胸の前の服を、キュッと握った。
それから、言った。
「そんなわけない!」
「――……え」
「みゅん?」
アイシャの大きな声が響いた。
「そんなわけないっ! 絶対ないっ! あるわけないっ!!」
「ア、アイ、シャ――」
トリスが顔を上げる。その目と、目を合わせて。
アイシャは叫んだ。
「違うよっ! 違うのっ! 違うはずだよっ! だって、だって……っ! トリスは嘘なんかつかないよっ! 私知ってるもんっ! 仲良くなったんだからっ! そんなことしないよっ!」
アイシャの目からは、涙が零れて零れて、……目の前を睨みたいのに、涙がそれを邪魔していた。
アイシャはトリスの前に飛び出て、みゅん太郎からかばうように対峙する。
トリスは……友達だ。
あれから――事件の翌朝から、私たちは友達になった。
仲良くした。いっしょに遊んだ。いっしょにご飯を食べて……マーケットにも行った……いっしょにホワイトドラゴンに乗ったし、いっしょに果樹園に行った……それからいっしょに料理もしたっ。あの時より、疑いを否定したあの時より。もっともっと仲良くなって。だから。
「だから、絶対に違うんだぁ……っ」
「アイシャ……」
トリスは、手を伸ばす。
しかし、アイシャの背中が――震えていることに気がつくと、……触れずに手を下ろした。
キールが慌てて言う。
「そっ……そーだぞ! こいつはただの天然ぽわぽわイケメンなだけで……っ! 悪い奴じゃねーって!」
「キールまで……」
(あんなに、最初は僕のことを警戒していたのに……。)
「みゅん? アイシャが聞いたのに、どうして泣いてるみゅん? 分かったから確認したんじゃないのみゅん?」
「それは……っ! でも……っ! そんなわけないんだよ……っ!」
(アイシャが、泣いている。あぁ、早く何か言わないと――……。)
ズキッ
「うっ……」
(また、あの頭痛だ。)
トリスは顔をしかめた。
――その時、キールのホワイトドラゴンが――雄叫びを上げた。
「グルォォオオオォオオォオオッ」
「…………………………あ………………」
パリン――と割れたような感覚がして。
トリスの脳内に、記憶があふれ出す。
それらは断片的に、しかしありありと浮かんだ――……。
「ごめん。アイシャ。キール」
トリスが言って、アイシャとキールはすぐに振り返った。
トリスは、そんなふたりの顔を――泣いているアイシャと、泣きそうなキールだ――を見て、目を細める。
風が吹いて、木の葉が舞った。
「全部、思い出したよ。記憶が全部、――今。戻ったんだ」
そうして、トリスは話し始めた。