第60話 事件の犯人
事件の犯人が判明します。
いきなりこのページを開いた方は、ネタバレに注意してください。
アイシャは走って、キールの家へと向かった。
ふたりはキールの家で昼食をとっているはずだ。
「ど、どうしたんですかぁ~? アイシャ~!」
「キールの家へ!」
のろのろと追いかけるマリィを待たず、アイシャは走った。
すぐに橋の向こうからキールとトリスがこっちに向かっているのが見えた。
「おーい! アイシャ―!」
「キールッ! トリスッ!」
アイシャは二人のもとへ到着すると、膝に手をつき、肩で息をした。
「はぁ……はぁ……っ」
「お、おい……。そんなに走って、どうしたんだよ」
「なにかあったの?」
「はぁ……っ、はぁ……っ、ノアが……!」
「ん?」
アイシャは、ふたりの顔を見上げた。
「ノアが、怪我してた……!」
「えっ……!」
「ノアって……」
キールとトリスは、顔を見合わせた。
「長老の孫の、ノアだ! 本来の――花祭りの巫女だよ!」
三人は、ノアの家に向かって走った。ノアの家は、村の北側――長老の家のそばにある。
走りながら、トリスが言った。
「――そういえば。村の北側の家へはまだ行ってなかったね」
「長老を始め古い家が並んでるんだ! 後回しにしちまうだろ!」
「ご、ごめん! 私、……ノアの怪我のこと、すっかり忘れてて……!」
「いいんだよ! 思い出してくれてありがとうな!」
キールがニッと笑って、アイシャは表情を少し和らげた。
その後を
「え~ん! なんなんですぅ? まってぇ~」
マリィがのろのろと追いかけていた。
アイシャは、ノアの家の扉を叩いた。
「すみません! ノアいますかッ!?」
ドンドンドン――
もう一度叩くと、扉の奥から返事があった。
やがて、パタパタと足音がして、ノアの母が出てきた。
「あら、アイシャちゃん。ノアは今出かけてるのよ」
「えぇっ!? ど、どこにいるか分かりますかッ!?」
アイシャの食い入るような勢いに、ノアの母は気圧される。
「え、えぇ……。精霊の木に行くと言っていたわ。……誰かと待ち合わせみたい」
「精霊の木! 待ち合わせ……!」
アイシャは、振り返ってキールとトリスを見た。
ふたりは、頷く。
「ありがとうございました!」
「え、ええ……」
アイシャがドアを閉まると、マリィがようやく追いついた。
「ちょっとアイシャ~! どういうことなんですかぁ?」
「マリィ! 長老に知らせてっ! 犯人が分かったかもしれないっ! 精霊の木に人を寄越すようにお願いしてっ!」
「えっ……えっ……!」
「キールは行くよっ!」
「おう!」
ふたりは走り出し――
「僕も行くよ!」
「トリス……!」
「僕も、最後までちゃんと見届けるよ」
「よっしゃ! いくぞ!」
「うん……! 行こう!」
アイシャらは3人で頷きあった。
「じゃあマリィ!頼んだよ!」
「は、はいぃ~」
目を白黒させているマリィを残し、
アイシャは、ノアの家から離れ――南東へ向かった。
「あれ!? あっちじゃねぇの!?」
キールは、北側の森を指さして言った。
位置関係を確認すると、アイシャとキールの家は、南東にある。
ノアの家は、村の北側で、祭りの広場に近い。
そして精霊の木は、祭りの広場のさらに奥――村の北側の森にある。
「いいの! こっち!」
アイシャは、先頭を走る。
キールとトリスがそれに続いた。
トリスは後ろから声をかけた。
「こっちへきて、どうするんだいっ?! 森を抜けるのに……僕らだけだとまた三時間かかるんじゃあ……っ?!」
みゅん太郎に会った後、アイシャたちは三時間かけて村まで戻ったのだ。
アイシャは振り返って言った。
「キールの家まで走るよ!」
「へっ?!」
キールは思わず転びそうになる。
「アイシャの家に向かっているのかと思ったら、俺ん家なのかよ! ……あ!」
そこでキールは、はっとした表情になる。
アイシャは、ニッと笑って言った。
「ホワイトドラゴンだよ! 先に出発しているノアに追いつくには、歩いてちゃ間に合わないよ! ……操縦頼んだよ!」
「なるほどね。“待ち合わせ現場”に行くってことだね……!」
トリスが頷いた。
「待ち合わせって、やっぱ外部の人となのか!?」
「売買の現場……になるのかな?」
「…………っ。そうだと、思う……けど」
(でも……)
アイシャは思う。
(本当に、『街の外へ売るつもりの、待ち合わせ』……なのかな……)
アイシャは首を振ると――前を見据えて走る速度をあげた。
***
キールがホワイトドラゴンに鞍と手綱を付け、三人は急いでホワイトドラゴンにまたがる。
キールは、ホワイトドラゴンの顔に近づき、遠くにそびえる精霊の木を指さした。
「あの山の頂上の、精霊の木まで――頼むぞ!」
「グルルルゥゥウウゥ……」
返事をするかのように――いや、実際返事なのだろう。一声鳴いて、ホワイトドラゴンは飛び立った。
青い空の中、白い弾丸のように空高く上昇する。
その風圧に、アイシャは体が持って行かれそうになるが、またがる足に力を入れ踏ん張ることが出来た。
前回の遊覧飛行と違い、今回は景色を楽しむ余裕はない。
空からなら――すぐにたどり着けるだろう。
「ふーっ……」
アイシャは、息を吐く。
飛行の速度にも慣れてきた。
遠かった精霊の木も、どんどん近づいていく。
そんな時だった。
「う……っ!」
背後でうめき声が聞こえ、アイシャはハッとして振り返る。
「トリス……!」
トリスは目をつぶり、唇を噛んでいた。
(あ……! どうしよう……! トリスって高所恐怖症なんだっけ?!)
何も考えずに――いや、ノアに追いつくためにと考えた末だが――ホワイトドラゴンに乗ることを提案してしまった。
「トリス! トリス! しっかり! もうすぐ地上に降りるからね……!」
「うぅぅうぅ……っ!」
アイシャは声をかけるが、トリスはうめくばかりだ。ようやく薄目を開けると、
「……あ……頭が、痛…………!」
それだけ言って、トリスは再び目を瞑り、はぁはぁと荒い呼吸をした。頭を垂れ、アイシャの肩に乗せる。
トリスの髪の毛の先から、汗がぽたりぽたりと落ちて、アイシャの肩を濡らした。
「降りるぞ!」
キールが、風に負けないように大きな声で言った。
精霊の木は、もう目の前だ。
キールが手綱を動かすと、ホワイトドラゴンは速度を緩め、緩やかな角度で着陸した。
「トリス! トリス!」
アイシャは、トリスの肩を支えながら、ゆっくりと一緒に降りた。
「うぅ……頭が……割れそうだ……」
キールは、ホワイトドラゴンを落ち着かせると、急いでトリスのもう片方の肩を支えた。
二人はトリスをゆっくりと木陰に座らせる。
アイシャとキールは、トリスの背をさすったり、声をかけたりした。
顔を覗きこんでも、顔色は悪く、眉間のしわは刻まれたままだった。
ハアハアと荒い呼吸が心配で、アイシャはたまらない気持ちになった。
そこへ――みゅん太郎が現れた。
「こんにちはみゅん! 元気みゅん?」
「バカ言え! 見りゃ分かんだろ!」
「トリスがね、しんどいみたいで……!」
「大変みゅん……!」
みゅん太郎は、その場をうろうろとした。
「うーんうーん、もうアレはないし……どうしようみゅん……?」
二人と一匹が見守る中、次第にトリスの呼吸は落ち着いていった。
「はぁ……はぁ……すぅ……はぁ……」
トリスの目が薄く開き、口はかろうじて笑って見えた。
「ご、ごめん。ありがとう……」
「私の方こそ、高所恐怖症なのを忘れててごめんね!」
アイシャが言うと、みゅん太郎は首をかしげた。
「こうしょきょうふしょうってなにみゅん?」
「えっとね、高いところにいくとパニックになっちゃうことで――」
「みゅん……?」
「あはは……」
(みゅん太郎には難しい、か……)
アイシャは苦笑した。
トリスの呼吸が落ち着き、キールも安堵したような表情だった。
キールは、みゅん太郎の方を見て言った。
「なあ、みゅん太郎! ここに今日、誰か来たか?!」
「みゅん……? 今日は誰も来てないみゅん。君たちだけみゅん」
キールはほっとした顔で、アイシャを見た。
「よかった……! ノアはまだ着いてないんだ。俺たち、先回りできたんだ……!」
「うん……!」
アイシャは、こくりと頷いた。
みゅん太郎は首をかしげる。
「ノア? ってなにみゅん?」
「こないだ言ってた、犯人が誰か分かったんだよ!」
「はんにんみゅん……?」
アイシャは、頷いた。
(祭りの前日、ノアはうちに来た。昼間に怪しいことはしないだろうから、ってことは、……)
「きっと、祭りの前々日の夜に、盗んだんだよ……」
「でも、夜はみゅん太郎たちが精霊の木にたくさん帰ってくるから、夜じゃないんじゃないかな?」
トリスが言った。
まだ顔色は悪そうで、時々眉をしかめては額を押さえている。――まだ頭痛がするのだろう。
キールが言う。
「いつ盗られたかは分かんねーけどさ! とにかく人間の街に売るつもりだぜ! 大きさも20センチくらいあるんだろ? 高値で売れんじゃねーの……」
「でもあんな光ってるもの、持ってたら目立ちそうだけど……」
「んあー」
二人は、なんでもないことのように会話している。でも、でも――。
アイシャは、聖獣ラタトスク――みゅん太郎を見た。
みゅん太郎は、普段と変わらないようすで、後ろ足で耳を掻いた。
「…………」
トリスの言葉が――引っかかる。
(…………『あんな光ってるもの』……?)
アイシャは――精霊の花を見たことがない。だけど、『20センチの花』だというので、今までその特徴だけを思って探してきた。
(なんで知ってるんだろ。……長老か、ファルマコさんに聞いたのかな……?)
アイシャの胸に、違和感が少し沸いて――それをすぐに自ら打ち消そうとした。
「精霊の花って、結構匂いも強いし……」
「は? 匂いぃ~?」
(いや……でも、そんなはずない……。)
アイシャの鼓動はドクンドクンと大きく打つ。音のうるさいそれを、アイシャは服の上から握りしめた。
「どうしたみゅん?」
「みゅんちゃん……」
アイシャは、足下に歩いてきたみゅん太郎を見る。
「ねぇ、あなた……本当は、知っているんじゃないの……?」
アイシャの喉から出た声は、――アイシャが思うより震えていた。
みゅん太郎は、首をかしげている。
「……みゅん?」
アイシャの思考に、ノイズが入る。ぐちゃぐちゃのそれを――、紐解けるのは、きっと。精霊の木をマザーと慕う、みゅん太郎だ。
アイシャは、言った。
「精霊の花を、誰が持って行ってしまったのか……みゅんちゃんは見ていたんじゃないの……?」
(――あの日。私はみゅんちゃんに質問した。でもそれは「精霊の木に登ることは出来ると思う?」というもので、それに対してみゅんちゃんは真面目に答えてくれた。だけど、)
「あなたは、こないだも、今日も、ここにいる。じゃあ、精霊の花がなくなったときも、ここで見ていたんじゃないの……?」
「あぁ! そういうことみゅん? もちろんみゅん!」
みゅん太郎は、ぴょんと飛び跳ねた。
アイシャたちの注目が集まる中、みゅん太郎は言った。
「精霊の花は、トリスが持っていったのみゅん!」