第59話 捜査
事件の捜査をします。
いきなりこのページを開いた方はネタバレに注意してください。
夕方。
アイシャの姿は、村の中にあった。
アイシャとマリィは、一軒一軒まわって、尋ねていく。
「あの、最近怪我した人知りませんか? 骨折とか」
「さぁ……知らないねぇ。あたしゃこの通り元気だよ」
「いいことですねぇ! ではまたぁ~!」
あれから。
洗いざらい話すと、マリィは大いに驚いた後、
「で、どうすればいいんですかぁ?」
「それは……」
――先日、キールは言った。
――「てことはさ、解決の糸口だぜ! 村へ帰って、骨折してるやつがいないか、探せばいいんだよ!」
――「あ! そういうことね! さすがだね!」
――アイシャは頷いた。
――(村へ帰って……骨折している人を探す! ついに具体的な目標が!)
「村で骨折している人がいないか、探す……!」
アイシャは、すっくと立ち上がった。
そんなこんなで、アイシャとマリィは村をまわっていた。
……夕方から始めたので、今日中には終わらないだろう。
みゅんちゃん――ラタトスクの言葉は、確かこうだった。
――精霊の木には――マザーには、魔除けの力があるみゅん。上に登れば登るほど、痺れは強くなっていくみゅん……。花のところまで我慢できないはずみゅんっ。……人間なら頭蓋骨粉砕、ドリアードなら骨折くらいみゅん……!
頭蓋骨粉砕して生きている人間はいないはずなので、骨折……もしくは大怪我している人を探すことになった。
(そもそも、『人間』が犯人だとは思えないしね)
ドリアードを保護するためにいる『人間』が、そんなことをするとは思えない。それに、北部の『迷いの森』のこともある。
(やっぱり、ドリアード、なのかな……。でも、それこそ……みんな家族みたいに暮らしてるのに……)
アイシャの足は止まる。
「アイシャ?」
マリィが、アイシャの顔をのぞきこんだ。
アイシャは、首を振った。
(――ううん! 誰も怪我してなければそれでいいじゃない! それを――確かめるための捜査でもあるんだから!)
「大丈夫だよ、行こっ!」
アイシャは再び歩き出した。
アイシャとマリィはとりあえず、アイシャの家のある村の東側からまわっていくことにした。
「うーん、でも、家に居なかった人もいるじゃないですかぁ。それはどうするんですかぁ?」
マリィが言った。
留守の家がいくつかあったのだ。
アイシャは、少し考えると、言った。
「南側の農地に行ってるのかな? あとは……川とか?」
村の南側の森には、果樹園や畑・草地などがあり、まとめて農地と呼ばれていた。
「……行ってみますかぁ?」
「でも、畑とか川に行けるような人が大怪我をしてるとも思えないな……」
「……なるほどぉ。一理ありますぅ~」
ふたりは南側へ行くのはやめることにする。
マリィは言った。
「でもぉ、事件って花祭りの日には起きてるんですからぁ。それより前なんでしょぉ? でもぉ、花祭りではみんな元気でしたよぉ?」
「そうなんだよね~」
(花祭りは、村をあげての年に一度の祭りだし、みんなでてきているはず……。)
アイシャは、腕を組んだ。
「お家を訪ねて、『怪我してませんか?』 って聞くの、ちょっと恥ずかしかったし……」
「でも、これってアイシャがやろうって言いだしたんですよぉ~」
「だって、みゅんちゃんが……」
マリィは、くすくすと笑った。
「あのもふもふ小動物ちゃんが、おしゃべりできたなんてぇ~。マリィもおしゃべりしてみたいですぅ~!」
日が落ちてきて、夕日のオレンジから暗い色へと変わっていく。
マリィは、空を見て言った。
「もうこんな時間ですかぁ……。申し訳ないですけど、マリィは帰りますぅ~。今日の夕食はマリィが用意することになってるのでぇ~……。」
「うん、わかったよ! ありがとう!」
アイシャも切り上げて、自宅へと戻った。
***
次の日。
今日の天気は晴れ。
アイシャの家の前には、4人が――アイシャ・マリィ・キール・トリスだ――がいた。
「かくかくしかじか、というわけで、そんな感じで家を訪ねに行こう!」
「それだけど」
キールが言った。
「昨日、護衛団の……人間たちの家に寄って聞いてみたぜ。フツーの怪我ばっかだった」
「普通の怪我って?」
「擦り傷とか、切り傷とか……。普段からついてる傷と変わりないと思うぜ」
「じゃ、人間の家は行かなくていっか」
人間の家は少ない。20人ほどしかいないので、確認は容易だったとキールは言った。
「んー。マリィは学校のまわりに行ってみますぅ。子どもたち、学校がなくてもあのへんで遊んでるみたいなのでぇ~。マリィの弟たちも行くって言ってましたしぃ」
「あの辺は走れるくらい地面があるからねー」
アイシャは頷いた。
トリスが言った。
「ファルマコさんは薬師で怪我は治せると思うけど、あれって基本的には本草学だよね。生薬の処方がメインだから、内科には特化していると思うけど、……外科的な治療は一瞬では治せなさそうだよ」
「そ、そうなんだっ」
「? アイシャ? 声裏返った?」
「ううんっ」
(平常心っ 平常心っ)
「…………」
キールはジト目で少し考えると、トリスの肩を引き寄せた。
「俺とコイツが西側をまわるから、アイシャは南東をまわれよ」
「えっみんなで行けばいいんじゃないかい」
「俺とコイツでいっとくから!」
「わーありがと! じゃよろしくっ!」
アイシャはタイミングを逃さないよう、急いで――でも不自然にならないように笑顔で手を振りながら――その場を去った。
みんなが見えなくなったところで、アイシャは足を止める。
「ふぅ……。あーもうっ。ちゃんとやらなきゃっ! 普段通りだってば!」
アイシャはぱちんと頬に活を入れると、再び歩き出した。
***
コンコンコン
アイシャは、民家のドアをノックする。
ドアはすぐに開いた。
「はーい。あら、アイシャちゃん」
「あっあのっ! 最近お怪我とかしてないですか? ご家族全員教えてください!」
「まあ! それがねぇしてるのよぉ~!」
「えっ!」
(本当に!?)
アイシャが部屋へ顔をのぞきいれると、
「紙で手を切っちゃって」
「突き指してて」
「ニキビができてて」
「爪から泥がでない」
「………………」
(これ絶対関係ないな……)
この家のおばさんはにこやかに言った。
「みんなで救急ごっこ? 助かるわぁ! よろしくねえ!」
「…………」
(薬師の所に行くか行かないか微妙なラインだから行ってないんだね……)
アイシャは少々迷った後、切れた指用に植物絆創膏魔法を唱えたのだった。
そんな感じで何度か空振り、何度か留守で、何度か治癒魔法をしながら、アイシャは村をまわっていった。
昼過ぎ。
村の中央付近で4人は落ち合った。
お互い報告しあったが、成果はないようだった。
アイシャはまだまだやる気があったが、キールとトリスは昼食をとりたいと言って、ふたりでキールの家へ向かってしまった。
軽食でも構わないドリアードの少女がふたり残る。
マリィは言った。
「だいだいの家はまわっちゃいましたねぇ~」
「んー。あとは村の北側に少し……かぁ」
「村長の家とか護衛団長の家とかがあって、ちょっと行きにくいですもんねぇ」
アイシャらより先に調査をしている人々の家が多く、なのでまあ違うだろうと、北側は後回しにしていた。
「そうなんだよねー。でもたしかに、本人はともかく奥さんとか……っ実は子どもがとか……っなんか……もしかしたら…………」
「ま、あと数軒ですしぃ。いよいよ分かりますねぇ」
「うー。誰も怪我してませんように……っ」
「なんでですかぁ? いなかったらまた捜査は振り出しじゃあないですかぁ?」
「だぁって……。……」
(だって、もしいたら、それって村人が――……)
アイシャの表情は陰る。
あの日の精霊の木を思い浮かべて――それから、みゅん太郎のことを思い出す。
――「……花は、今はないみゅん。みゅん……」
「みゅんちゃんかぁ……」
(そういえば、みゅんちゃんが、最初に何か言ってたような……。)
アイシャは、みゅん太郎との最初の会話を思い出そうとする。
(えーとえーと、なんだっけ? なにかが、ひっかかる……)
――「今日は巫女にお話があって……みゅん」
(巫女。……巫女?)
アイシャの脳裏に、学校での会話が浮かぶ……。
――「ノアって今日も欠席なんだ」
――「あ~。なんか長老と青年団となにかしているって噂ですぅ~」
(…………ノア)
アイシャは、ノアから巫女を引き継いだ。
(それは、なんでだっけ……?)
アイシャは、記憶をたぐり寄せる。
――「えぇーっと! ノアは、最近は花祭りの準備で忙しいんだよね?」
――「そう、ね。……ええ、そうよ。そのせいで、しばらく学校に行けてないわね」
そう、あの時――祭りの前日、アイシャの家に来たノアは言ったのだ。
――「ちょっと……料理をしていたらね。火傷をしてしまったの。明日は花祭りだっていうのにね……恥ずかしいわ。それに……結構痛くて。祭りに耐えられるか、不安なのよ」
「……大怪我……!」
アイシャは、慌てて走り出した。