表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/70

第57話 雨


 

「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を。トネロピピエイ」


 アイシャが魔法の呪文を唱えると、池の水は浮かび上がり、ぱっと散ってぽちゃぽちゃと池の中に還っていった。


「う~。さすがアイシャですぅ~。なんでいつも一発なんですかぁ~? 去年はそんなことなかったのにぃ~」

「やっぱりアレだよ! ア・レ!」

「うぅ~。しょうーもないことでレベルアップしちゃったんですねぇ……」

「しょーもなくないんですけど!!」


 アイシャはそう言いながら、自在に池の水を操って見せた。

 水は弧を描いたり、宙にとどまったり、また池に戻ったりした。

 それを見たマリィももう一度挑戦する。マリィの手から光があふれ、水面を少し覆った。水は少し浮き上がると、水面から5センチほどの高さでぽちゃんと落ちた。


「う~ん」

「できてるじゃん! もう少しだね!」

「アイシャはそんなにできるなら、授業なんてでなくてもいいんじゃないですかぁ~?」

「いやいや、ひとりだと池でこーんな練習しないしねっ! できるかできないかはやってみないとわかんないよ」


 アイシャはそう言って、まわりを見た。

 みんな池の水でぽちゃぽちゃと雫を散らしている。


(トリスはどこ……? って、あぁ、あそこか!)


 池から離れたところの草陰に、トリスとキールの背中がちらりと見えた。

背の高い草に隠れて、かろうじて見えるだけだ。

 木陰+草陰なので、見えにくい。

 ふたりは池に背を向けて並んで地面に座っていた。


(……? あんなところで、なにしてるんだろう……)


 アイシャは、ふたりのもとへと近付いた。



  ***


 


 アイシャは、ふたりの背後にこっそりと近付いた。

 キールとトリスは声を潜めて会話しているようで、だからこそアイシャは少し離れたところに身を潜めた。


「……ハマドリュアスの姉妹よ、力を。声が届く様に……こう……蔓で音を伝達して、花で音を拾って……」


 拙い命令を出すと、アイシャの手からしゅるりと蔓が伸びた。蔓の先端から釣り鐘型の花が咲く。蔓は伸びてススス……とトリスらの方へと忍び寄った。花は草陰からそっと覗き、ふたりの会話を聞き取る。

 要は糸電話の要領で、会話を遠くから盗み聞こうと思ったのだ。


(よしっ! これで聞き取れるね!)


 糸電話……に集中すると、ふたりの話し声がはっきりと聞こえてきた。

 


「おっおまえ……さ」

「ん? なに、キール」

「ア、アイシャのこと……どう思ってんだよ……?」


(えぇー!? なに話してんのーっ!?)

 

 開幕耳に入ったのがそれで、アイシャは飛び上がりそうになるのを抑えた。

 

「アイシャ? 優しいよね。恩人だし、感謝してる」

「そそそそーじゃなくって……! ……。お前、好きなやつは?」

「…………。昨日、思い出せないって、言ったよ」

「本当は思い出したんだろ?」

「…………んー。……。……あぁ」


(えっ!? そーなのっ!?)


 アイシャはまた驚いて、ふたりの方を振り返ってしまう。

 ふたりは遠く、アイシャには気付かない。


 アイシャは遠くのトリスを見る。

 彼の横顔が、草陰から見えて――その顔は、はにかんでいるような……そんな顔をしながら言った。

 

「そう。僕には王都に残してきた、大切な存在が、いたんだ。僕は彼女を愛しているし、彼女も僕を愛している。……ようやく。記憶が戻ってきて――毎日抱きしめていたぬくもりを、……思い出すことができたんだ……」


アイシャの耳に、トリスの声が響く。

 頭を思いっきり殴られたかのような衝撃――それは彼女の目を白黒させた。

 脳内がぐるぐるして、なにか考えたいのになにも考えられない。

 ただただ、魔法で盗み聞いたトリスの告白が、――こんなにもつらいものだとは。


 ぽつり――ぽつり。

 雨が降ってきた。

 空はいつの間にか灰色に暗くなっており、ぽつぽつと少しずつ雫を落とした。


「だっ、抱きしめっ!? お前って結構、……アレなんだな……」

「なにが? 王都では普通だよ」

「そうなのか!? やべー……」



「…………っ」

 アイシャはそこで――魔法を切断した。

 力を失った蔓は、だらんと一瞬垂れ下がると、霧散した。


 もう、彼らの会話は聞こえない。

 切断したのに――先ほどのトリスの言葉を反芻する。


(そっか……。……トリスには、……彼女が……。)


 アイシャは膝を抱えた。


(私の、運命の人じゃあ、なかったんだな――……。)

 

(ずっと流しているボトルメールも、……手紙も、返事はないし)


「……手紙も、ちょっと、もういいかなって思ってたのに」


(――トリスと、出会えたから)


 気付かないふりをしていた。

 理解のある女の子になりたかった。

 司祭様をかっこいいと、花祭りやマーケットできゃいきゃい取り囲む女の子とは違うのだと、そう思いたかった。

 怪我をして記憶をなくしたトリスの、支えになってあげたくて。恋愛で迫ってはダメだと、そういう女の子になりたくないと思った。

 でもでも。ずっと気付かないふりをしていた。


 だけど


「本当に好きになっちゃう前で、良かったな……」


 アイシャは胸の中で手をキュッと握った。

 まだ大丈夫、まだ……好きじゃなかった……と、頭で何度も唱えるが、そのたびに目から涙がこぼれていった。

 頬に、雫が落ちる。

 雨は相変わらずぽたぽたと小雨で、――だから雨か涙か、分からない。


 アイシャはしばらく茂みで静かに涙を流していたが、やがて誰にも気付かれないようにその場から離れた。

「……顔、洗ってこなくちゃ。こんな顔、みんなには見せられないや」

 アイシャは、自分がどうしてこんなに涙が出るのか、その理由に蓋をした。



 トリスは相変わらずかっこよくて、優しくて……そして司祭様なのだ。……友達として尊敬したい。



 ……そう、思い込むことに決めたのだった。





 ***



「……それにしても」

トリスが再び話し出したので、キールは顔を上げた。

「ん?」

「早く帰ってもふもふしたいな」

「……髪、か?」

「ううん。毛」

「毛っ!?」


 キールは眉をひそめる。


「……お前のカノジョ、ずいぶんと毛深いんだ、な……?」

「え? ああ!」

 

 トリスは明るく言った。


「犬だからね!」

「………………」


 キールは、「えーと」と眉間に指を添えてから、


「そういう性癖で……?」

「せーへき?」

「…………」


 トリスは、きょとんとしている。

キールは、「あ~?」と言ってから、


「もしかして、ペットの話してる?」

「そうだよ」

「……。深い意味のペットじゃなくて、本当のペットの話してる?犬猫鳥おけ?」

「深い意味のペットってなんだい? 犬だよ。僕の家で飼ってる」

「………………愛してるってなんだったんだよ」

「僕はペットを愛しているし、彼女も僕になついている、最高の相棒だよ!」

「…………人間のカノジョは?」

「人間の彼女?」


 トリスは復唱した。


「あぁ! いないよ! 僕は教団の聖職者だからね。女神様に誓える人……結婚する人としか付き合えないんだよ」

「…………あっそう」

 

 キールは白目を剥きそうになった。


(そーいやこいつ、なんか犬のブローチをやたら気に入ってたっけ……)


 キールの肩を、雨の雫が濡らす。

 先ほどからぽつぽつと振っていたそれは、徐々に雨脚を強め、ザアザア降りになっていった。


「うおっ! やべぇ!」


 アイシャらの様子を見ようと、キールは慌てて池の方へ駆けようと振り返る。すると、

 

「うおおっ!?」


 ドリアード達が走ってこちらへやってきたので、慌てて身をかわす。

 村の方へ向かっているようだ。


 途中、マリィがやってきた。

 

「解散になりましたよぅ! 家に戻りましょう~!」

「アイシャはっ!?」

「えぇっと……。あっ、アレじゃないですかぁ?」


 マリィが指さした方を見ると、アイシャの後ろ姿があった。

 

「あいつ! いの一番に家に帰ってんのか!」

「ゴホッゴホッ」

「! 司祭様!」

「トリス! どうしたっ!?」


 急に咳き込んだトリスを、キールは支えた。


「ごめん。なんか急に立ちくらみが――」

「こいつ連れてファルマコさんの家へ行ってくるから、マリィは家に帰れよっ!」

「……はぁ~いですぅ」


 キールは、トリスを担いで薬師のファルマコさんの家へと向かった。

 残されたマリィは、


(……なぁ~んかおかしいですねぇ)


 マリィはアイシャの走って行った方を見た。


 


  ***


  


 強まった雨が、アイシャの柔らかな頬を叩く。


(最初から、興味を持たなければ――)


 走る。走って、家まで帰る。雨が降っているから、涙が隠れてちょうどいい。

 アイシャはわざと天を仰いで、雨粒で顔を洗った。


アイシャは、全貌を知らない。

 話を聞くのを途中で切断してしまったために。

 アイシャは、トリスに恋人がいるのだと、そう信じたまま、帰宅した。




見ての通りアイシャの勘違いです。

なので大丈夫です。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
改稿して再度書き始めました!
ドリアード姫と護衛の幼なじみ

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ