第56話 再び学校へ
「おーい! 学校行くぞ!」
「はーい!」
次の日の朝。
今日は一週間に一度しかない学校の日で――
アイシャは蜂蜜パスタを食べてから出かけた。
玄関のドアを開けると、そこにはキールとトリスが居て、
「……っ」
アイシャはトリスを見ると、ふいと目をそらしてしまった。
(な、なななんで今私!? 体が自然と横を向くっ!!)
「…………」
「…………」
「…………」
三者三様の無言だ。
アイシャはなんだか照れくさくて黙っており、キールはそんなアイシャを睨んでおり、トリスは別のことを考えていた。
3人は揃って学校へと向かった。
(あれ? おかしいな……)
歩きながらアイシャは思う。
(もっと明るい……ウキウキした登校になると思ったんだけど、なんか暗くないっ!?)
村人たちに挨拶されたりしたりを繰り返したが、男子達の口数は少ない。
疑問に思いながら、アイシャは吊り橋を渡っていった。
「そっそーいえばっ! トリスってばまた少し記憶が戻ったんだって?」
「あ……うん。今回は……あることについてだけなんだけど」
「あること?」
「ううん」
「えーと、じゃあお父さんのこととかは?」
「それまだかな」
「そっか、残念だね」
「いや。そうでもないよ。……大事なことを思い出したから」
「そうなんだ……?」
端を渡り繋いだ、村の東の端――そこに学校はあった。
長い梯子を降りると、地面に校舎が建っている。
梯子を降りるとすぐに、マリィを見つけることが出来た。
「お~い! マリィ!!」
「アイシャ~!」
マリィはすぐにアイシャの元へ駆け寄ってきた。
「おはようございますぅ~! 今日は曇ってますねぇ~」
「そうだねぇ。雨降るかな?」
「……そちらはぁ?」
マリィは、アイシャの体越しにチラッと背後を覗く。
ゆっくり梯子を降りてきたのは、トリスだ。
「あぁ! トリスだよ!」
「………………えっ」
「え? 忘れちゃった? 司祭様だよ」
「い、いえそうじゃなくてぇ……。司祭様を呼び捨てにしてたので驚いてますぅ……。どういう関係なんですかぁ? まさか……」
「ぜ、全然全然っ!!」
マリィがニヤニヤしてきたので、アイシャは慌てて首と両手を振った。
「ちょっと! 無礼なこと言わないでよね!」
「え~? 呼び捨ての方が無礼なのでは~?」
「こんにちは」
「あ」
トリスが、アイシャの隣に並んだ。
「僕はトリスです。花祭りの後、もう一週間滞在することになって。今日は学校も見せてもらおうかと」
「どうも~。マリィはマリィですぅ~」
マリィがぺこりと御辞儀をすると、結んだ髪と白い釣り鐘型の花がいっしょになってぴょこんと跳ねた。
「アイシャの家に泊まったけれど何もなかったという噂はかねがね~」
「どういう噂なのぉっ!?」
「ははは……」
そんなやりとりを、キールは少し離れたところで見ていた。
昨日のトリスの様子を思い出す。
昨日トリスはまた「頭が痛い」と言い出して、キールは薬師のファルマコさんの家へと連れて行った。そのまま泊まると言うので、今朝アイシャの家で待ち合わせることにしたのだ。
(昨日は体調悪そうだったからあんま話せてねーけど。あの感じ、……。あとで聞いてみねぇと)
「ふぅ」とため息を吐いて、キールは3人の元へと行った。
***
座学をトリスは興味深そうに受けていた。
その様子を、アイシャは横目でチラチラと見る。
(……そういえば、トリスって王都で孤児院に勉強教えに行ってるんだっけ。賢い人は着眼点が違うんだろうなぁ~)
席を見回す。
前回の花祭りの前日と違い、今日はほとんどの児童が出席していた。
(……あれっ?)
アイシャは、マリィの肩をトントンと叩く。
「……なんですぅ~?」
「ノアって今日も欠席なんだ」
「あ~。なんか長老と青年団となにかしているって噂ですぅ~」
「……あ~」
(そうだ。精霊の花が盗まれたっていうのは、村人たちは知らないんだった。……その関係かな? あとなんかグリーンベルの花も膨らませてたし。忙しいんだなぁ)
アイシャは納得すると、講義を続ける先生の方に向き直った。
***
今日の授業は水辺で行うのだという。
アイシャたちはそろって川の上流へと移動した。
そこに、青い水を湛えた綺麗な池があった。
水はコバルトブルーのような青さで、周囲に生えた白樺がよく映えた。
天気は曇りだったが、それでもなお綺麗に輝いて見えるのだった。
アイシャとマリィは、水辺に向かう。
その後に付いていこうとしたトリスを、キールが肩を持って止めた。
「お前はこっち。魔法の授業はさ、基本的に人間は邪魔なんだよ」
「え? 授業を受ければ僕も魔法が使えるようになるのかと思ったのに」
「お前は聖なる力を孤児院でも教えとるんかいっ!」
「教えてるよ」
「……は?」
予想外の返事に、キールは驚いた。
「聖なる力って、魔法みてーなやつなんじゃねーのっ!?」
「もちろん出来ない子もいるけど、一応才能がありさえすれば積み重ねで使えるようになるし」
「そ、それって……」
ごくり。キールの喉が鳴る。
「俺でも使えるようになんのか……っ!?」
「キールは……」
トリスは、キールの顔をじっと見る。
ドキドキと、キールの胸は期待で鳴った。
(そういう能力があったら、俺、もっとあいつのこと守ってやれるんじゃあ……っ!?)
それも束の間、
「キールは無理だ。才能ないと思う」
「なっ……!?」
「才能があるかないかは、僕でも見えるんだ」
トリスは、ばっさりとそう言い切った。
彼が教団として孤児院に教育に行っているのは、そういう面があり、この判定は正しい。
キールはしばらく黙っていたが、
「………………俺は、剣術であいつを守る」
「ん? あぁ、剣術の才能はありそうだね……っと」
「るせー!」
トリスがキールの細身の筋肉をつまんで逃げると、キールは怒って追いかけた。
一方、受業を受けているアイシャらはというと――、