第55話 トリスの記憶②
「よしっ! ホワイトドラゴンを見に行こうぜ!」
「――えっ?」
「お前、こないだ楽しかったって言ってただろ? ちょっと中途半端になっちまってたからさ……」
「あ……あぁ、うん……!」
キールが言って、トリスが立ち上がった。
「上まで、外から行ってもおもしろいぜー?」
「外?」
「よっと」
キールは、再び窓の外へでると、上の枝を掴んでどんどん登っていく。
途中で振り返ると言った。
「木登りだよ。このまま上まで行くの、楽しいぜ!」
「えっと……」
トリスは、窓から顔を出してキールを見上げた。
「僕はいいや。階段から行くよ」
「なーんだそうかよ! ま、俺の方が早くつくだろうけどな!」
「整備された階段が負けることがあるのか……?」
トリスは冒険せず、前回と同様に階段で上がった。
「あんな感じで外で遊んだ記憶はないから……僕には多分できないんだろうな……」
トリスが天井の扉を押し開けると、そこにはホワイトドラゴン――ではなく、
「よっ! 遅かったな!」
キールが待っていた。
「……驚いた。本当に早いんだね。僕も真っ直ぐ上がってきたんだけど」
「まぁなー」
トリスは、キョロキョロと周りを見渡した。
「あれ? ホワイトドラゴンは?」
「あそこ」
「あ……」
キールが指さした先――空だ――を見ると、一頭のホワイトドラゴンが飛んでいた。
空は青く――何度見てもその白い体はよく映えた。
トリスの瞳に、ホワイトドラゴンが小さく映る。
(あ――綺麗だ)
「グオォォオオォォオオッ」
ホワイトドラゴンの鳴き声がして、遠くの方からも同様の声がした。
「グォオォォオオオォオォオッ」
「グルルルゥゥオォォオオオッ」
遠くから――北の森の方から、彼らは村へと帰ってくる。
やがてホワイトドラゴンは家の上空へと辿り着き、こちらに気がつくとゆっくりと着陸した。
「おかえりー!」
「グルルゥ……」
「わぁ、今日もかっこよくて可愛いね……!」
トリスがホワイトドラゴンに近付くと
……ふんわりと、甘い匂いがする。
(――……これ、なんだか、どこかで嗅いだことあるような……)
思い出そうとした途端――
ズキンッ――
頭痛がする。
また、あの頭痛だ。
「うっ……」
「どうした!? トリス!」
(なんだ? このにおいは……。どこで……。)
ザザザ――とノイズが走る。
頭の中をいくつかの映像が駆け巡って――
最後に浮かんだのは、王都での、家の様子。
(僕と、母さんと、それから――……。)
「あ……」
トリスは、顔を上げた。
「――……キール、さっきの話だけど」
「……え?」
「思い出したんだ、僕の……大切な存在を」
頭痛はもう、止んでいた。
***
「ね、寝てた……」
夜になって――晩ご飯の前に、アイシャは目を覚ました。
リビングへ降りると、ダイニングテーブルにはすでに食事が並んでいた。
アイシャは、ダイニングテーブルに座る。
「あら、アイシャ。起きたの? 呼びに行ったら寝てたから、起こさないで置いたのに」
「がっつり寝る気でベッドで昼寝してたな」
「ありがとー」
父・母・兄はすでに座っており、家族4人での食卓だ。
「………………」
(そういえな、トリスと晩ご飯食べたのって一日だけだったな)
アイシャは箸を持とうとして、手を止めた。
それから、トリスが記憶喪失であると聞いた日のことを思い出した。
(……初めてトリスを見たときは、運命の出会いかもって思って舞い上がって。でも記憶喪失だって聞いて……しかも怪我もいっぱいしてるし、絶対恋愛どころじゃないはずって思ったんだよね。翌日は祭りの祝詞もあって、大変そうだったし……。でも――)
アイシャは、トリスと過ごした日々を思い出す。それから、果樹園でのこと、瞳が宝石のようだと言ってくれたとこ、一緒にホワイトドラゴンに乗ったこと、森で穴から引き上げてくれたこと、それから、花祭りでの真剣な顔――……。
「……………………」
アイシャは、はにかみながら、それをごまかすように食事を続けた。
ごくん。とおかずを飲み込むと、
(明日、また会うのが楽しみだな……)
ひっそりと頬を染めた。