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第54話 キールの部屋


 チカチカとランタンが光る。

 天井に這わされた紐に、それは引っかけてあった。

 光は、床に座ったトリスの頭上を照らす。

 

 トリスは、ぱらりと本を捲った。文字を少し読んでは、小首をかしげて次のページへと移動する。

「……?」

 数ページを軽く読み、本の半分ほどはぱらららと流し見をして、トリスは顔を上げた。

 

「キール、(きみ)全然この『好きなあの子を一撃!モテテク』通りの行動をしてないじゃないか」

「もう許してくれ……」


 キールはベッドの上で顔を覆って転がっていた。腕も足も曲げ、小さく丸まっている。


(イケメンに教本を見られるだけでなく、注意されるなんてなんたる屈辱っ!)


 そんなキールの様子には特につっこまず、トリスは言った。

「でもすごいね……。これって、大人になるための予行練習? シミュレーション?なんだろう?」

「…………?」

 トリスの言葉の意味が分からず、キールは顔から手を離して体を半分起こした。

「いつか街に帰ったときのためなんだよね?」

「……えっと」


 キールの家は確かに役目のために村に引っ越してきた。

 街に帰るなんて、考えたこともなかった。


「い、いや? 街には引っ越さねーけど……」

「あれっ? ああ、じゃあお見合いとかして村に連れてくるんだ」

「えっと……」


 トリスは悪意もなく普通に話している。

 人間同士で結婚するのだろうと思って、普通にそう思って、そう言っているだけだ。


「………………」


(まあ、ふつーはそうだよ。……それに)


「本当は、アイシャはドリアードと結婚しないといけないんだ……」

 キールの口から、ぼそっと小さな声が漏れた。


「え?」

 トリスはその声が聞き取れず、キールに少し近付いた。

 その整った顔を見て


(……じゃあ、アイシャが今こいつに抱いてる感情もやめさせなきゃな)


 キールは目を伏せた。

 ――アイシャは外の世界で恋愛したいと思っている。

 アイシャの両親は法律で禁じられているわけではないからと許しているが、1年後にはドリアードの男と結婚するようにと言っているそうだ。

護衛団はドリアード同士が結婚することを望んでいる。……俺もそれを遵守する。

アイシャは多分外からやってきたトリスに惹かれつつある。でもまだ完全に好きじゃないはずだ。まだ止められる。

 

「………………」

 キールは、下を浮いたまま、拳を握った。掴まれたベッドシーツが、ぐしゃりと歪んだ。

 

 俺の気持ちだけが、宙に浮いている。どこにも当てはまらない。


 キールは頭を振った。


 ぱっと表情を明るく切り替えると、トリスに向き直った。

 トリスは本棚に本を戻しているところだった。

 

「あー……。そーいうお前こそ、どうなんだよ!」

「え?」

「確か、母親とか職場のことは思い出したんだろ。恋人とか、好きな奴とか思い出したのかよ? ……王都に、いなかったのか?」

「王都に、好きな人、か……」


 トリスは、手を顎に当て、「うーん」とうなった。

記憶はまだぼんやりし、思い出そうとしてももやがかかっているようだ。

 トリスの白い髪がぱらりと目にかかった。

 

「それは――思い出せないな……。というか、――どうして忘れていたんだろう。……そうだよね。いるかいないかすら、分からないのは……もやもやするよ。もしいたら申し訳ないな……」

「…………そーかよ」

 

 トリスは顎に置いた手の指を頬に移動させ、自分の頬をぐりぐりと押した。

 効果は特になかった。


「あー……。まあまだ、全部の記憶が戻ったわけじゃねぇもんな。そのうち思い出せるんじゃね?」

「……そうだといいけど」


 トリスの表情に不安の影が戻り、キールは申し訳なくなるとともに、

 

(……こいつに彼女がいたら簡単なんだけどな)


 とも思ってしまう。


(……まあ、この顔面でいないほうがおかしいだろ)


「ま、心配すんなって! 案外王都に戻ったら、女子が集団で出迎えてくれるかもしんねぇぞ! 彼女100人くらいいたりして! なんつって!」


 キールは、そう言ってからからと笑った。

 トリスは、自分が女子に囲まれているところを想像した。

 そして大真面目な顔でキールをまっすぐ見て言った。


「うーん。なるほど。想像してみたけど、違和感ないね。案外当たっているかもしれないね」

「はぁっ!? てめっ! ふざけんなーっ! 許せねぇーっ!!」

「え、なんで? キールが言ったのに」

「お前に彼女がいても憎いしいなくても憎い!! たくさんいるのは一番憎い!! いやたくさんの女なんてうらやましくないけどなっ!? うらやましいわけじゃないんだけどな!?」

普通に嫉妬である。

 

「いや、僕に恋人が”いなくても憎い”っていうのは謎なんだけど……」

「それはだって……!!」


 それはだって。アイシャにつけいる隙があるということだからだ……っ!!


「………………っ」

「…………?」


 キールが黙ってしまったので、トリスは不思議そうな顔をした。

 

(僕がモテてうらやましいのは分かるけど、モテてなくてもうらやましいって言うのは、よく分からないな……)


 部屋は少しの間、静かになった。

 トリスはもう一度記憶を思い出そうとしたが、……やはり思い出せなかった。


 ……先ほどはキールをからかうためにモテテク本だけを指摘したが、本棚には養蜂についての本や植物図鑑などがあり、それはトリスにあるひとつの可能性を思わせた。


(……でも、そうだとしたら……)


 トリスは、矢倉でのアイシャとの会話を思い出す。


――アイシャは近隣の男ではなく、外の世界で恋愛したいと言った。


(う~ん……)


 トリスは、キールを見た。

 キールはなにやら考え込んだまま動かない。


(ややこしいんだなあ……)


 自分もそのややこしい輪の当事者に入っているとは、トリスはまだ気がついていない。


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ドリアード姫と護衛の幼なじみ

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