第53話 帰宅
行きはあんなに短時間でついたのに、帰りは三時間もかけて、アイシャたちは村へと戻った。
午前中に木を離れたのに、もう十四時半だった。――蜂蜜クッキーの十枚や二十枚を食べてもよい頃合いだ。
村へ戻る梯子を登りながら、アイシャは息を切らしていた。
「ぜーっ……。はーっ……。おかしい……。花祭りの後行ったときも、一時間くらいでついたと思ったのに……っ」
先に登ったキールが、アイシャに手を貸そうと腕を伸ばした。
「うーん。やっぱり、一緒にいるドリアードがアイシャだけじゃなあ……」
それはおそらく事実だったが――、
「ちょっと! 私だって一応、森での方角とかは分かるんだけどっ!? ドリアードがいなかったら三日三晩かかるって話なんだからねーっ?!」
「はいはい。さんきゅーな」
アイシャは、キールの雑な返事に頬を膨らませた。
「もっと感謝して!」
「してるしてる」
午後三時過ぎ。
「腹減ったよな」
「うーんと、蜂蜜クッキー食べる?」
「俺達は人間なので飯を食うわ」
「(こくり)」
「えー?」
というわけで、キールとトリスは、キールの家に行ってしまった。
アイシャは蜂蜜クッキーを食べたいと思いながら帰ってきたので、その邪念通り蜂蜜クッキーを食べていた。
(こーいうちょっとしたものだけで済ませらんないのが、人間の大変なところだね)
アイシャは、すぐに食べ終わってしまう。
それから、部屋のカレンダーを見た。
「あ、そっか。明日って学校だ」
(色々あってあっという間の一週間だったなぁ……)
「ということは、いまのうちに手紙を書かなくっちゃ! 今日はボトルメールを流しに行こうかな~。明日は朝から忙しいもん、今からやろーっと!」
」
アイシャは、自室へ戻ると手紙を数枚書いて――
「いや、無理。も、もう眠い……」
やっぱり眠ることにした。
***
「っつーわけで、今日から骨折してるやつを探すから!」
「なるほど。僕が気絶しているうちにそんなことが……」
キールとトリスは、キールの家でうどんを食べていた。
「了解したよ。それにしても、やっぱ人間の食べ物はいいね。炭水化物って感じで」
トリスが、うどんをすすった。
キールは、うんうんと頷いた。
「そーだろ。村のみんなは野菜とかばかりでさ……なんなら草とか食べてるからな。あ、アイシャは蜂蜜ばっかだけど」
「ふふふ。そうみたいだね」
キールは、頭を掻きながら言った。
「あー。あいつん家で食い飽きてるかもしんねーけど、蜂蜜うちにもあるけど食うか?……っつーか、あいつん家にあるのが、俺ん家の蜂蜜なんだけど」
「あ、そういえば結局アイシャの家に一晩しか泊まってないや。ジオさんのお話おもしろかったなぁ」
「あぁ、そういえば、そうか……」
キールは、トリスをまじまじと見た。
(こいつイケメンだけど、結局あんまりアイシャと……その……あれって感じじゃねーな)
「ふぅん……」
キールは、蜂蜜をかけたパンを出した。
「食うか?」
「もらうよ」
男の子は、うどんの後にパンもはいるのだ。
トリスは、手を伸ばすと、すぐに口に運んだ。
「きふぃのふぁちみふはひょうふぁんだふぁらね」
「なんて?」
トリスは、口の中のものを飲み込んだ。
「君の蜂蜜は評判だからね。これもキールが採ってきたの?」
「まぁな。少しわけてやってもいいぜ」
「え、本当かい? ありがとう」
トリスは笑って言ったが、真顔に戻って「あ」と呟いた。
「……? なんだよ?」
キールは、急に手が止まってしまったトリスを見た。
トリスは眉を下げて、
「…………王都に帰るときに……お土産にもらおうかな」
と言った。
「………………あぁ、そうだな」
「………………」
(帰っちまうんだよな……。あんなに邪魔な奴だと思ってたのに)
キールは最後のパンを頬張り、トリスの肩を叩いた。
「よしっ! 飯も食ったし、アイシャを呼びに行くか!」
***
「よっ……と」
開かれた窓から、ぬっと腕が現れる。
ツンツンした黒髪が見えて――窓の外から、キールが帰ってきた。
トリスは、キールに手を貸そうと窓辺に寄ったが、それよりも早くキールは部屋の中にすたっと降り立った。
「ふぅー」
「おかえり」
「ああ」
ここはキールの自室だ。文字通り木でできた部屋には、丸くくりぬかれた窓があり、そこには戸がついていた。
キールは窓をふさぐ。丸い小さなガラスが1つはめ込まれているだけで、部屋は少し暗くなった。
キールは蜂蜜を採るため、蜂に用心して窓には戸をつけているのだ。
キールは慣れた様子で部屋の明かりをつけた。
「見てきたけど。アイシャは寝てるみたいだ」
キールは窓の方を見ながら言った。
昼食後もいっしょに行動しようと思って呼びに行ったのだが……アイシャはベッドですやすやと眠っていた。
「そっか。疲れたんだろうね」
「まぁ、そうだろうな」
「ちょっと見せてもらってもいいかい?」
「ん? ああ……」
キールが避けると、トリスは窓辺に近づいた。
そっと木の戸を押すと、ギィと小さな音を立てる。そのきしむ蝶番に目を落としながら、トリスはもう少し手を押して窓を開けた。
窓の外には葉の緑が広がっている。ちょうど窓のすぐ上に太い枝が生えており、そこには蔓草が巻き付いていた。
「へぇ。これが」
トリスは、目の前をぷらぷらと揺れる蔓を手に取った。
くいくいっと引っ張ってみる。蔓はぴんと反発して、トリスが手を離すとぴょんと上へ飛び上がった。
「なるほどね。これでアイシャの部屋まで行き来することが出来るんだ」
「まあな!」
「アイシャを呼んでくる!って言って下の玄関に向かわずに階段を上に上がって行ったから、一体どうしたんだろうって思ったよ」
トリスの指摘は至極当然で、キールは頭をかいた。
「いやあ、ついくせで……」
「隣の家なのに、歩いて行ったほうがいいんじゃない?」
「いやあ、ついくせで……」
「え?」
トリスは、眉をひそめ、一歩下がった。
「……引くよ」
「なっ……!」
キールはかあっとなる。
(も、もしかして「……女の子の寝顔を勝手に見て来ちゃったんだね」的なやつか!? でっでも、いつもだけど!? いやそれがもしかしてダメ!?)
トリスは言った。
「……運動不足になるよ」
「そっちかーい!」
「はっ!」
トリスは、キールの部屋をキョロキョロと眺めはじめた。そして、本棚に目を止めた。
「……これは……!」
「今度はなんだよ!?」
本棚には――
「『養蜂家への道』『おいしい!蜂蜜料理集』『植物図鑑』『好きなあの子を一撃!モテテク』『伝説の生き物―精霊編―』……それから、」
「いやいやいや! 読み上げんな!!」
キールは、本棚の前に立ち塞がった。
「普通こう言うの見るだけだろ! 読み上げるやつがあるかー!」
「つい……」
「つい、じゃねぇー!」
トリスは、ごめんと手を合わせた。
それから、大真面目な顔をして言った。
「体操とか運動の本がないね。贈るよ」
「痩せてるだろーが!?」
トリスはもう一度本棚に目をやった。
「……『好きなあの子を一撃!モテテク』ってなに?」
「にっ二回目の読み上げ……っ」
トリスのマイペースに、キールは肩を落とすのであった。