第51話 小動物、再び
「と、いうわけで今日はメンバーが揃ったので、再び現場検証をするよ!」
アイシャが高らかな声で宣言した。
「いや、メンバーってなんだよ」
「仲間みたいで嬉しいね」
祭りの広場には、アイシャとキールとトリスの姿があった。
「トリスも元気になったし、キールも用事が無いし、私も昨日たくさん手紙をだせたので、万全の捜査日和だよ!」
「俺がいないうちに出しまくってんじゃねぇー!」
「通行手形を目指すんだっけ?」
トリスは、昨日の矢倉での会話を思い出した。
アイシャは、親指を立てて頷いた。
「そうだよ! 人間の会議の収穫はゼロらしいので、やっぱり私たちが解決するしかないよ!」
「俺を無視するな! そして勝手に情報を漏洩させるな!」
「それでここ集合だったんだね」
トリスが言って、アイシャは頬をつねってくるキールを押しのけて頷いた。
祭りの広場は――祭りの翌日に来たっきりだ。
地面に落ちていた花びらたちは、風で飛ばされたのか、もうあまり残っていなかった。
「でも、ここって前に来たけど、精霊の花らしきものは落ちてなかったぜ」
キールが言って、アイシャは「うーん」とうなった。
「まぁ、そうなんだけどー。前回はまだ近くに落ちてる説も強かったし……。でもさすがに五日も見つからないとなると、犯人がいる説が増しているというか……。だから、今日はそんな感じで話し合いをしようと思って」
「っつても。護衛団と青年団がどっちもお手上げなんじゃあ、俺にはなんの意見もねーけど……」
二人が腕組みをしている間、トリスは広場をうろうろをしていた。
そうして、
「そういえば、なんでここにも、精霊の木があるのかな?」
と、マイペースに違う話をした。
「えー?」
アイシャが目を開くと、トリスは広場の中央を指さした。
広場の中央には、精霊の木と同様の、銀の葉をつける小さな木――といっても、二メートルほどあるが――が生えている。それは、ご神木の精霊の木と比べると、とても小さかった。
トリスが木に近づいていったので、アイシャとキールも後を追った。
アイシャは、記憶を掘り起こし、説明する。
「えぇっとね、これはご神木の挿し木? みたいなんだよ。なんか昔話によると、『小さな精霊が木を囓り、刈り取った枝を植えし場所で祭事を行うようになった』とかなんとかかんとか……」
「これ、小さい木だけどさ、三百年前からあるらしいぜ」
キールが言うと、トリスは目を丸くした。
「へぇ……。ずいぶんと成長が遅いんだね。それに、木を囓る精霊ってなんか……精霊っぽくないね。ドリアードのほうがよほど精霊っぽいよ」
「あはは! そうだね! なんかリスみたいだよねー!」
アイシャは笑って、精霊の木をさすった。
(精霊の木、かぁ……)
アイシャが木を見上げていると、――その銀の葉が、ガサゴソと揺れような気がした。
「えっ?! 今っ――」
「なんだ?」
「枝が動いた?」
三人は、木の上を凝視する。
そして――、
「みゅんっ」
葉っぱの中から、ひょっこりと顔を出したのは――、一匹の小動物だった。
茶色い体に、ふさふさの毛。長い耳に、大きな丸い尻尾。くりくりのお目々に、ちょこんとした口。短い手足。
「これって――!」
アイシャとキールは、顔を見合わせる。
「私が川で助けた可愛い獣!」
「みゅん太郎!」
「……みゅんたろう?」
それは、マリィが郵便を出すのについていったときに、川でアイシャが助けた小動物だった。
「え? みゅん太郎? ってなに?」
アイシャに聞かれ、キールは得意げに説明した。
「みゅんみゅん鳴くから!」
「みゅん?」
小動物が鳴いた。
「う、う~ん……」
アイシャにはない、センスだ。
「みゅ……っ」
小動物は、木の上からアイシャたちを窺うようにじっと見る。
その様子は――未知のもふもふとの邂逅は――胸が高まるもので、アイシャは声をかける。
「かわいい~っ! こっちにおいで~っ!」
アイシャは手を広げるが、小動物はなかなか降りてこない。
キールが腕を頭の後ろに組みながら、言った。
「この動物、こないだも思ったけど、なんなんだ? もう『学名:みゅん太郎』でよくね?」
「全くよくないよ!きっと『ふわふわモモンガ』とかだよ!」
「空は飛べそうにないけど……」
トリスは、みゅん太郎(暫定)のお腹を見て言った。
そして、よく見ると背中に小さい羽があるのに気がつく。
「やっぱり空は飛べそうだね」
「え~! 最高~!」
トリスは、真剣な顔でを見ている。
「僕、動物が好きだったみたいで結構な種類の動物は思い出せるようになったけど、……これは知らないな。記憶にないや。でも、ふわふわの毛がとっても可愛いね」
「こないだと同じ奴……でいいのか?」
「みゅ……」
みゅん太郎は、枝の上をちょろちょろと移動した。
移動しては、アイシャたちを見下ろす。……たち、と言うか……。
「こいつ、ずいぶん、アイシャのこと見てるような……」
「見てるね」
「え?! 約束された勝利!?!?」
みゅん太郎は、足を一歩踏み出しては、さげる。顔を覗かせては、ひっこめる。しかしまたそろ~りと覗かせる。――なんだか、もじもじしたような、恥ずかしがっているような……そんな動きをしていた。
やがてみゅん太郎は、意を決したような表情になり――
「みゅっ……」
飛び降りた。
そして――、
アイシャの腕にすぽっと入った。
「きゃあっ! かわい~っ!」
アイシャの腕に、もふもふした触感。温かい体温のそれは、アイシャを嬉しくさせた。
キールとトリスも、近づき、みゅん太郎をつついた。
「……可愛い外見の裏でなんかあるかもとは思ったけど、どうやらなんもねーみてーだな」
「かわいいね。……百匹くらい並べたいね」
トリスがそう微笑むと、
「みゅっ!? みゅん……っ?!」
みゅん太郎は、アイシャの腕から離れた。
「あーっ! ふわふわちゃんがぁーっ!」
ぬくもりが離れていってしまった。
「ほらぁ、お前が変なこと言うからだぞ」
「本心なのに……」
トリスは、釈然としない顔をした。
みゅん太郎は、森へ向かって少し歩いて、立ち止まった。それから振り返って、しっぽをフリフリと振った。
「なんだろう?」
「さぁな」
「かわいいね……」
みゅん太郎は、また数歩歩いて、振り返って尻尾を振った。
アイシャの胸は、トクトクと高鳴っていく。
「……あれって、もしかしてついてこいってこと?」
「……だったらおもしれーけど」
「仲間のところへつれていってくれるとか?」
「いや、びびってたし、それはねーと思うけど……」
アイシャは、みゅん太郎に近づいた。
「みゅん……っ」
みゅん太郎は頷くと、森の中へ走り出した。
「行くよ! キール、トリス! なにか面白い事が起こりそうじゃない!?」
アイシャは、みゅん太郎を追いかけて走り出す。
「あ! おい! 待てよ!」
「……巣がありますように……!」
二人も、後に続いて走り出した。