第49話 人間の会議
「せいっ! はぁっ!」
キールは剣を振っていた。
『護衛団長』の家の下――梯子を降りた先の地面。
そこで素振りをしていた。
護衛団長の家もドリアードに用意された巨木だったが、「やはり地面が落ち着く」とのことで、彼らは地面で鍛錬をしていた。
休憩している男達が、ぼそぼそと話す。
「……あいつらもそろそろ王都に着いたことだろう」
「王に報告しづらいだろうな」
「打開策の提示があればいいが……」
「…………」
キールは、それを耳に入れながら――剣を振るった。
やがて、護衛団長の男が帰ってきて、キール達は彼の家に上がった。
村に住む『人間の男性』が十人ほど集まり、机を囲んだ。
村に住む人間は20人――村の人口の10分の1程度だ。その全員が、ドリアードの保護という観点で王都からやってきている。
和平を祈る精霊の花が消え、ドリアードの森に異変が起きるのは止めたい。王への報告と判断を仰ごうと、キールの父ともう一人が王都へ向かった。
幸い、ホワイトドラゴンに乗っていくことができたので、3~4日ほどで王都へ着くだろう。――この村に住んできた甲斐があって、ホワイトドラゴンの協力を得ることが出来た。徒歩で行くより、大幅な時間短縮だ。
「『青年団』の様子はどうだったんですか?」
団員の男が、護衛団長に聞いた。
先ほど長老の家に行ってきたという護衛団長は、両手に顎を乗せて言った。
「今は花を探していないらしい。ロフィマ様という人物が森にいないか、そっちに注力しているようだ」
「そうか……。……そんなんでいいのか?」
「魔力もいつも通りみたいで、ちょっと気が緩んでそうですね」
「…………」
人間たちの護衛団と違い、青年団はドリアードで形成される、昔ながらの組織だ。今は長老の命で動いているはずだが……。
ドリアードは、基本的にのんびりしている。それは、こんな時でさえ表れていた。
「……じゃあ、今のところ、村に異変は?」
「ないようだ」
「それに、近隣の村も変わりないようだ」
あちらこちらから、安堵の息が漏れた。
キールはずっと、黙って椅子に座っていた。
(みんな心配そうだな……。まぁ、無理もないか)
これは『ドリアードの保護という仕事』であり、『自分たちの村の事件』でもある。
キールは未成年なので、仕事があるわけではない。父親の転勤についてきた形だ。
そんな彼にも、席は与えられている。彼らはひとつのチームであり、仲間なのだ。
キールも、ドリアードの村を保護する護衛団の一員に――将来的には自分もそう生きるのだと決めていた。
団員の男たちは話す。
「新しい花を咲かせるしかないのでは? 精霊の木はどのくらいの周期で花が咲くんだ?」
「分からない……。誰も森に常駐したことがないから、いつ咲いているのかは分からないんだ」
護衛団のうちのひとり――騎士と言うより植物学者として、去年からきている男が言った。
彼の調査は、基本的に青年団の同伴者がいるときのみだ。ドリアードが帰ると言ったら帰る。それが共存を始めたばかりの、彼の在り方だった。
人間が一人で精霊の木へ向かうことは――ない。道を覚えること、道に印を付けること、そのすべてが『迷いの森』では無意味だ。
「う~む…………」
「…………」
「…………」
うなり声だけが響いた。
「とにかく、我々に出来ることは青年団の手伝い、王都からの連絡待ち、そして村になにかあった時にすぐに動けるようにすることだ」
「それから――、村人たちは何も知らないみたいだ。俺たちも、普段通りに生活しているように振る舞おう」
男たちは頷いた。
こうして、目新しい発見も情報も無く、会議は終わった。
男たちは立ち上がると、ぞろぞろと部屋を出る。
部屋を出る際、キールは護衛団長に呼び止められた。
「おい、キー坊!」
「はい?」
キールは振り返る。
護衛団長は、眉間のしわを伸ばしながら近づいてきた。先ほどの会議の時とは違い、穏やかな表情だ。
(……なんだ? 雑談か?)
キールの横を、部屋からでる男たちが通っていく。
そんななか、護衛団長が話し出した。
「最近、アイシャの手紙が減ってるらしいなぁ!」
「……あー……」
(運命の恋活動、のことだな)
キールは頷いた。
護衛団長はキールの肩をぽんと叩いて言った。
「お前がアレを止めてるんだって? 成果が出てるな! このままいけば、アイシャは予定通り近隣の村のドリアードと結婚するもんなぁ!」
「えっ? いやっ、俺はそんなつもりで――」
予想外の言葉に――キールはぎょっとする。
(そんなつもりじゃない、そんなつもりで俺は運命の恋活動を止めているわけじゃない、俺は――)
護衛団長は――屈託のない笑顔で言った。
「希少種族のドリアードの血を絶やさないようにするために、俺たちがいるんだろう」
「…………っ」
キールは、何も言い返すことが出来ない。
最初から――アイシャに初めて会った日から――知っていたことだった。
これが、キールの呪いだった。
***
キールが自宅まで帰ってくると、家の近くにアイシャがいるのが見えた。
「あ! キール!」
アイシャは、てってってっとキールの元へ駆けてきた。
いつも通り明るい表情だ。
「ねぇねぇ! 会議どうだった? 何か分かったの?」
「……いや、別に」
「そっか。……ねぇねぇ!」
「……なんだよ?」
無邪気に笑っているアイシャを見ると――キールは泣きそうな気持ちになった。
しかし、それを出さないように会話を続ける。
アイシャは、自分の顔を指さした。
「私の目の色って、何色?」
「はぁ……?」
(……なんでそんなこと聞くんだ?)
キールは、アイシャの質問の意図が読めない。
「どう思う?」
「どうって……若草色だろ。髪とおんなじ色だぜ」
「ふぅーん……」
アイシャは、喜ぶでも怒るでも悲しむでもなく、ただ「ふぅん」と言った。
「なんなんだよ。鏡でも壊れたのか?」
「違うよ! 聞いてみたかっただけ! じゃ、またね!」
アイシャは、笑顔に戻ると、自宅へと向かって走って行った。途中、くるりと回ってキールに手を振る。
「なんだったんだよ……」
遠くに離れていくアイシャの姿を、キールはそのままの位置で見送っていた。
アイシャの長い髪が、風でふわりと広がって、
(春の新芽みたいな、柔らかい葉の色だよ。)
キールはそのまま、アイシャが家に入るまで見ていた。