第48話 アップルパイをつくりますよ
「と、言うわけで、アップルパイを作りたいと思います」
「わー」
アイシャとトリスは、アイシャの家の台所にいた。
あの後なんとか落ち着くことができたアイシャは、トリスとともに家に戻った。
トリスのわずかに取り戻した記憶、アップルパイ――シナモン抜き――をつくるためだ。
アイシャは、エプロンをつけながら言った。
「もうお昼の時間は過ぎてしまいましたが、まだなんにも食べていない人、手を上げてください」
トリスは両手を挙げた。
アイシャは料理の先生モードの口調のまま、言った。
「まあ、それはそうです。なぜなら、今からだからです」
「いつまでも待ってるね」
「その必要はありません。待ち時間はあと少しです」
「最高の待ち時間だね」
トリスが頷いた。
――アイシャとトリスだけでは、ツッコミが不足している。
「まず、リンゴに蜂蜜をかけます」
アイシャは皮を剥いたリンゴに、蜂蜜をどぼどぼとかけた。
トリスは、
(母さんも「隠し味に蜂蜜をいれてるのよ」って言ってたなぁ)
と思っていた。
「次に、バターを入れて、これを魔法で熱しましょう」
アイシャが魔法を詠唱すると、宙に青い光が現れた。
それがボウルを覆うと――、
一瞬で煮た後のような姿のリンゴになった。
トリスは、
(魔法の火で煮るってちゃんと美味しいのかな?)
と思っていた。
「これが小麦です。石臼でひいていきます」
アイシャは、用意してあった小麦を取り出し、石臼に置くと、魔法を詠唱した。自動でごりごりとひかれていく。
「これだと皮が混ざっているので、皮を取り除きます」
魔法の光は、小麦粉を覆ったままだ。宙に浮いたまま、粉と皮に分かれる。
トリスは、
(世の中の小麦屋はドリアードを雇った方が良い!)
と思っていた。
「一応ふるいにかけます」
アイシャは、手作業で小麦粉をふるいにかけた。
「なんでそれは手作業なの?」
「この……ちょちょちょっと小刻みに動かすのが難しくて」
「なるほど」
アイシャは続けた。
「といった感じで、これが小麦粉とバターと塩です」
「おお~」
「これを、ボトルメールのボトルを粘土で作る要領で、パイ生地を練ります」
アイシャが魔法を詠唱すると、すぐによくみる円形のパイ生地になっていた。
トリスは、
(粘土の話はしてほしくなかったな……)
と思っていた。
「それから魔法でアレしてアレして、――できあがりです!」
アイシャがさらなる魔法を詠唱すると、材料はいつの間にか完成したアップルパイになっていた。
――これにて完成だ。
「とても早いね。待ち時間最短だったよ」
トリスは立ち上がって拍手をした。
アイシャはそれに応えてぺこりと会釈した。
「以上、最短クッキングでした」
「素晴らしい最短具合だったよ」
なにが最短なのか、ていうかなんだよその名前は――などと、トリスは全く突っ込まない。
「さっそく食べてみよう……!」
フォークを構えてそわそわしていた。
アイシャは、魔法で作ったアップルパイを食べた。
小麦もリンゴも、村で採れた最高のものだ。一口食べただけでも、これは上出来だと実感した。
(私は結構美味しく出来たと思うけど……でも、問題はトリスだよね。好きな食べ物っていうことは――評価が厳しいかもしれないし。家でお母さんが作ってくれてたっていうし、家庭の味はまだちょっと雰囲気違うかもっていうか……!)
アイシャは、緊張の面持ちでトリスを見つめた。
トリスは一口食べると――、ハッとした表情をした。
「――……! アイシャ、これ……!」
「どう……?! トリス!」
アイシャは、トリスの言葉を待つ。
ごくり、と喉が鳴った。
トリスは、目をぱちくりとさせて言った。
「これ、リンゴより蜂蜜の味のほうがするね」
「………………」
結局、蜂蜜パイになってしまったようだった。