第47話 果樹園とトリス
アイシャらの姿は、森の中にあった。
南の森を少し歩くと、自然の中では不自然な、整った生け垣にでる。左右を生け垣に囲まれたアーチを三本くぐった先、そこは『果樹園』だった。
同種の木がずらりと並んでいる……わけではない。一種類に付き、二~三本くらいだ。そこには、様々な果樹が――別種の木が、植えられていた。
「ここはね、村の共同の果樹園なんだよ!」
アイシャが手を広げて、くるりと回った。
「果樹園……」
トリスは、近くの木に近づいた。
そして、あることに気がつく。
「……これは……! 驚いた……。これは夏の果物のはず……こっちは秋の果物のはず……! どの木にも実がなってる……! いったいなぜ……?」
様々な果樹はそれぞれ実を付けていた。今は春だが、本来この季節に実を付けないものまで、果実をたわわに実らせていた。
「……これも、ドリアードの力なのかな」
トリスは、周囲の木をぐるりと見回した。
「えー? 普通じゃない?」
「全然普通じゃないけど……」
アイシャは、特に気にしていないようだ。
さっそくリンゴの木のそばに駆けていった。
トリスは物珍しそうに、ゆっくりと果樹園の中を歩いていった。
「でも、こんな森の中で育てて、鳥とかに食べられちゃうんじゃあ……。……あ」
案の定、近くの果樹では鳥たちが熟れた実をつついていた。
トリスは、鳥のいる木の真下へ行き、見上げる。
「やっぱり……。…………あれ?」
トリスは、鳥が去った後――、すぐに新しい花が咲いているのに気がついた。それも、一個や二個ではない。
――よく見ると、成長途中の実もあるようだ。
(……実と花が同じ時期に木についているなんて……? これも、もしかして魔法なのかな……?)
トリスの予想通り、この果樹園にはドリアードの植物魔法がかかっている。
果樹は高速で成長を続け、その収穫までの周期を早めていた。同じところに同じ実が成るわけではない。新しい花と実が、年中つくのだった。
トリスが果樹園を見て回っている間、アイシャは先にリンゴの木に辿り着いていた。
「うーん、あれが艶がいいんだけど……」
アイシャは背伸びをする。狙っているリンゴが、少し高い位置にあるのだ。
「背伸びをしても届かないな……」
アイシャはジャンプをするが、指の先が少し触れるだけだった。
魔法を使えば簡単に採れるかもしれないが――先ほど矢文に使用したばかりだ。あれは“命令”が多いので、魔力の消費が激しい。
アイシャはリンゴを見上げながら、いつものように言った。
「ちょっとキールぅー。あれ採ってー!」
「…………」
(……あれ? いつもみたいにすぐ返事がないなぁ……)
アイシャが振り返ろうとすると、アイシャの肩越しにすっと腕が伸びた。
「……僕でも良いかな」
それは、トリスだった。
いつもと同じように、穏やかに微笑んでいる。
「あ、ありが……、ひぇっ!?」
トリスは、アイシャの後ろに立って手を伸ばしているのだが――それはまるで、アイシャを後ろから抱きかかえるような体勢になっていた。
(ち、……近いぃっ!?)
「はい、採れたよ。……アイシャ?」
「あわわわ……」
アイシャにできることは――固まることだけだ。
「……これであってた?」
「はっ! う、うん、そう! このリンゴ! 最高の色!」
「色……確かにそうだね。こんなに美味しそうな果物は、街では見たことないな」
「え、えへ……!」
アイシャは、リンゴをがしりと両手で受け取った。
(ふぅ……。びっくりしたぁー)
トリスが離れると、アイシャは、息を吐いた。
「……すごい植物魔法だね。やっぱり、ドリアードは森の精霊みたいだ」
「精霊……」
アイシャは、トリスと初めて会った時にも「精霊か?」と聞かれたことを思い出した。
「それ、私と初めて会ったときにも言ってたよね?」
「そうだったね」
トリスは思い出したように頷いた。
「僕は精霊っていうと、森に住んでいる美しい女性のイメージだったから……。僕が最初にアイシャを見た時、森の精霊かと思っちゃったんだ」
「えっ……えぇえぇぇぇぇえええぇっ?!?! う、美し……?!」
その時、雲の隙間から日差しが差し込み――アイシャの長い髪が日の光に透けた。
「やっぱり……!」
「え、何――」
トリスは、にっこり笑って言った。
「アイシャの瞳は、ペリドットのようだってさっき言ったけど、髪もそうだね……! やっぱり精霊みたいだ」
「………………っ」
アイシャはしゃがみ込んだ。
「……? アイシャ?」
こんなことを言われたのは、初めてのことだった。