表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/70

第46話 ペリドットの瞳

「じゃあ、お父さんは?」

「…………あれ」


 アイシャが聞いて、トリスは言葉を詰まらせた。

 なぜなら、……思い出せないからである。

 

「…………えっと…………」

「お父さんはいっしょに暮らしてないの?」

「わ、わからない……」

「え?」


トリスは、困ったような顔をした。

 

「せっかく家族のことは思い出せたと思ったのに……」

「えっと……別居かもしれないし……! いないのかもしれないしっ!」

「…………いや……」


 トリスは考え込んだ。

 

(いない、にしては……。なにかが、引っかかる……。)


「……父さんはいた、と思う……。ただ、思い出せないみたいだ」


(……思い出したい。……と僕は思っている)


 思い出そうとしても、頭の中には関係ない映像ばかりが流れる。大司祭様の作った料理が失敗した日、修道院で子どもが転んだ日――


(ちまちました――日常もいくつか思い出したのに。こんな……他人のことを思い出したのに、……自分の父さんのことは思い出せないのか?)


 トリスは、自分への怒りと……やるせなさもあった。

 うつむいたトリスは、うなだれる。

 その落とされた肩を、――

 

 アイシャは、ぱこーん! と軽く叩いた。

 

「大丈夫だよ! また思い出せるかもしれないじゃん! 今度はお父さんの記憶がドバーッとでてくるかも!」

「……!」


 トリスは目を丸くする。

 ――アイシャは、笑顔だ。

アイシャは両手でトリスの手を包んだ。

 

「全然心配ないでしょ! 一回記憶が戻ったんだから、今後もどんどん思い出せそうじゃない?! ていうか、王都に帰ったらお母さんに聞いたら一発じゃない!」

「そ、そっか……。そう、かも?」

「そうだよ!!」


「…………」


 トリスは、アイシャの強い目力に押される。

 包まれた両手が、じんわりと温かい。

 

(そうだ、そんなに深刻にならなくても、大丈夫なんだ――……。)

 

 トリスは矢倉から人間の街の方角を見る。ここからさらに南の方だが、街らしきものは全く見えない。

 でも。不思議とそこまで不安でもない。


 トリスは、アイシャに向き直って言った。

 

「……ありがとう、アイシャ。励ましてくれて……」

「ううん! 少しでも記憶が戻ったなら、それだけで本当に良かったって思ってるよ! また思い出せるといいね!」

「うん……」


 アイシャは――明るくて。

その瞳は、優しさと明るさを兼ねていて。

 

 だからトリスは言った。


「アイシャの瞳は、ペリドットのようだね……」


「ぺ、ぺりどっと……?」

 

 アイシャは、聞き慣れない単語にきょとんとして首をかしげる。


(本当に、なにも知らないんだ)

 なんだかそれがかわいく思えて、――“らしさ”を感じて――トリスは「あはは」と少し笑った。

 

「そう。宝石の名前だよ。王都では宝石が人気なんだ」

「宝石……」


 宝石。いろいろな色の鮮やかな輝きを持つ石のことだ。

 

 ドリアードは宝飾品を身につけないため、アイシャは宝石に詳しくなかった。


「それって、いいってこと?」

「もちろん。いつも明るくて、キラキラしてて――綺麗だってことだよ」

「きききき、綺麗……っっって?!?!?!」


 慌てふためくアイシャの隣で、トリスはゆっくりと思い出した。

 

(そういえば……最初に村で目を覚ましたとき……大人たちばかりの中で、アイシャだけが子どもで、僕の周りにいてくれたんだっけ……)


 アイシャの顔は、どういうわけだか少し赤い。

 でも、その瞳はさっきよりもなんだか揺れて見えて、より一層ペリドットに近付いたかのようだった。


トリスは、アイシャの顔をもう少し近くで見た。

 

「本当は、初めて会った時からちょっと思ってたけど……。でも、近づいて見るともっと綺麗だね」


 初めて会った時――。

 意識の朦朧とする中。森の中の花畑にたたずむ、緑の髪の女の子。

 花びらが舞って――彼女の白いスカートが揺れて。


(本当に、森の精霊かと思ったんだよ)


思い出したトリスはなんだか嬉しくなって微笑むと、


「………………っ」

 アイシャはしゃがみ込んだ。


「……? アイシャ?」


 アイシャはそのまま四つん這いで歩き、トリスから離れたところでべしゃっと潰れた。


「あれ? アイシャ? 一体なぜ…………?」


 どこまでも天然な、トリスなのであった。


 


 ***

 


 しばらくして、アイシャが復活したので、会話を再開する。

 

「私、トリスのこともっと知りたいな! 思い出したこと、小さなことでもいいから、教えてよ!」

「え、うーん。じゃあ……」


 トリスは、「たいした話しじゃないんだけど」と前置きして、話し出した。


「僕はアップルパイが好きだったんだ。でも、シナモンは嫌いで、……」

「あー! 苦手な物が好きな物に入っているという地雷だね!」

「そう。僕もなまじ好きだから、街で売っているのを見かけたときも、思わず立ち止まってしまうんだ。そして、もしかしたらはいっていないかもと思って、買ってしまうんだよ。でも店のはだいたい……うっ……」


 ……どうやら、何度か引っかかったことがあるみたいだ。


 トリスの真剣な表情がなんだかおかしくて、アイシャは「あはは」と笑った。

 

「そっか! でもさ、好きなものが思い出せて本当によかったね! 私、今度アップルパイ焼いてくるよ!」

「それ、蜂蜜パイになっちゃったりしない?」

「……よく分かったね!」


 アイシャとトリスは、くすくすと笑った。


(記憶が少し戻って、トリスってば少し明るくなったかも? 安心できたのかな。……笑ってくれてよかった。……さっきのはちょっとびっくりしたけどっ)


 アイシャは顔をぷるぷると振った。


(か、考えちゃダメー! さっきも『まだお父さんの記憶がもどらなくてつらい』って聞いたばっかりでしょー! トリスは自分のことで大変なんだからー!)


 アイシャは、邪念を振り切るように立ち上がった。


「よしっ! じゃあさっそく作ろう!」

「えっ――えっ?」

 

 アイシャは、トリスの手を引っ張り立たせる。


「アップルパイ! 今から作りに行こう!」

「い、今から……?」

「頑張るぞー!」

「お、おー?」


 こうして、蜂蜜パイ――いや、アップルパイをつくるための準備ががはじまるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
改稿して再度書き始めました!
ドリアード姫と護衛の幼なじみ

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ