第43話 空へ
「ちょっとだけだから! 5分で降りてこようぜ」
「~~っ!」
アイシャたちは、ホワイトドラゴンに乗ってみることになっていた。
キールは着々と準備をしている。少し手間取りながら鞍と手綱を付けていった。
トリスは、アイシャの隣に並んで言った。
「……緊張するだろうけど。……僕らがいるからね。調教の必要もないみたいだし、僕らを優しく乗せてくれるよ」
「うぅ……。トリスは昨日も乗ったの?」
アイシャは、(うー。いきなり大丈夫かなぁ)と思いながら、前屈みでドクドクいう胸を押さえていた。体は動かさず、顔だけトリスを見上げた。
「ううん。ジオさんが乗ってるのを見てただけ。でも、うらやましかった……」
「言えば良かったのに!」
「その時は普通にしてたんだけど、寝るときになるとじわじわうらやましさがね」
「あー。あるよねー!」
「おーい! おまえらー!」
キールは準備が終わったようで、手招きしている。
アイシャは、目を瞑った。
ホワイトドラゴンは――街へ行く象徴。
だから、
「……分かったっ! ちょっとだけだからねっ!」
今が克服の時なのだ!
「アイシャは落っこちそうだから、真ん中な」
「怖いこと言わないでよ!」
ホワイトドラゴンは大きいので、三人で乗っても大丈夫そうだ。
手綱を持つキールが先頭、次にアイシャ、後ろにトリスが座ることになった。
「俺にしっかり掴まっとけよ!」
「うん!」
「僕が支えとくから。大丈夫だよ」
「う、うん……!」
アイシャの腰にトリスの腕が回され――後ろから抱きかかえられる形になった。トリスの腕は意外と太く、がっしりとしていて――、
「………………」
アイシャは後ろをほんの少し振り返る。
が、すぐにトリスに気付かれた。
「ん? なんだい?」
「ひぇっ!? なんでもない……っ!」
わけもわからず、アイシャの頬は紅潮するのであった。
ホワイトドラゴンが立ち上がり、アイシャは慌てて前を向いた。
ホワイトドラゴンの首がぐわんぐわんと上下に動かされるので、アイシャらも上下にぐらぐらする。
「わわっ」
「大丈夫だから!」
キールが言って、ホワイトドラゴンの首をぽんぽんと叩く。
手綱をふった。
「よろしく!」
ホワイトドラゴンは歩き出しながら、翼をバサバサと動かす。
風が起き、落ち葉と埃が舞う。
翼を動かす速度は速くなっていき、
そして――
空へと飛び立った。
「わッ、あ」
飛び立った直後は揺れがすごく、アイシャは目もなかなか開けられないほどだった。
やがて、揺れが止まり、――
アイシャはゆっくりと目を開けた。
「わぁああ……っ! すっごーい!」
目の前に広がるのは――、一面の青空。遠くには白い雲も浮かんでいる。遠くの山は青く見え、空と一体になっているかのようだ。視界の下半分は、森の緑がどこまでも続き、その緑はどこまでも鮮やかだ。
風が吹いてくるのではなく、自ら風を切って進む感覚。少し冷たく感じる空気と風の抵抗で、アイシャの頬は引き延ばされるような感じがした。
明るい日差しは村を照らし、動く景色はすべてが愛おしい。
「すっごく気持ち良いー!」
「な! すごいよな!」
「もっと揺れると思ったけど、結構安定してるんだね」
ホワイトドラゴンは一定の高度まで上がると、翼をあまり動かさずに広げて飛んだ。これが仕事や買い物でなく、物見遊山の飛行だと理解しているらしい。ホワイトドラゴンは村から離れすぎない程度のところで、スイーッとUターンした。
「あっ! 見て! 他のホワイトドラゴンもいる!」
「本当だ。何頭くらいいるんだろう?」
「えぇっと……今飛んでんのは十頭くらいか?」
村に巣を作っているホワイトドラゴンは、二十頭前後だ。
彼らは自由に飛び――時たま森の中に入ったり、また上昇したりをしていた。
アイシャたちは、しばらく遊覧飛行を楽しんだ。
――そんな中だった。
「ぅ……ぁ……っ」
「ん?」
トリスのうめき声を聞いて、アイシャは振り返った。
「……! どうしたのっ?!」
見ると、トリスは片手を額に当て、顔をしかめていた。
「ちょっと! トリス?! 大丈夫っ?! どこか痛むのっ?!」
「……ちょっと頭が……痛くて……」
「大変……! すぐ降りてもらうからね!」
「大丈夫だよ……」
「全然大丈夫そうじゃないよ!」
アイシャはすぐにキールに言う。
「キール! 降りて! トリスが体調悪そうなの!」
「お、おう……!」
キールは、ホワイトドラゴンの手綱を引いた。
「薬師のところへ行こう!」
ホワイトドラゴンは、ぐんと大きく首を曲げると、すぐに村の西の家を目指した。
薬師は、いわば村の医者だ。本草学に基づいた生薬の処方――いわば薬剤師のようなものだ――に加え、魔法植物による治療を行っている。
薬師の家にはホワイトドラゴンが住んでいないが、――巣は残っている。
「トリス! しっかりして!」
「すぐ着くからな!」
ふたりの声掛けに、
「…………っ」
トリスは返事もできないほど、表情をゆがめていた。
薬師の家へは、すぐに到着した。
キールはホワイトドラゴンを誘導し、上手く着陸した。
アイシャはちらっとトリスを見る。
トリスは目を瞑り、ハァハァと荒い呼吸を繰り返していた。眉間にはしわが寄り、その額には汗がびっしょり流れていた。
ホワイトドラゴンの動きが完全に止まらないうちに、アイシャは飛び降りると、
「トリス! 待っててね!」
急いで薬師を呼びに行った。




