第3話 アイシャの夢
追記※1〜5話を加筆したら長くなったので、1〜11話に分割しました。
運命の恋を信じてる。
きっと稲妻のように鮮やかで、朝の空気のように新鮮で。
きっと初めての感情がいっぱいあって、それぞれの生い立ちを、笑いながら話したりするんだ……。
***
「アイシャー! 起きなさーい!」
よく通る母の声で、アイシャの意識はぐにゃりと曲がって、夢から覚めた。
ベッドに横になったまま、ぼやーと天井を見る。
窓は閉まっている……が、隙間が多々あるため風が入ってくる。風とともに、外の匂いもする。……お日様にあたっている葉の匂いだ。
今日も晴れらしい。
(……なんか、イケメンパラダイスだったような……イイ夢だったな……。顔は全然思い出せないけど……。なんか……なんか……)
アイシャは、“いい気分”だけを思い出して、「へへ」と笑うと、
(……あぶないあぶない。よだれが……)
寝間着の袖で口元を拭った。
少し体を起こす。そのままぼやーとしていると、視界の端にカレンダーが映った。
「……あ!」
見た瞬間、アイシャの意識はパチリと覚醒した。
「今日、私、誕生日だ! と、いうことは……っ! むむむ……っ」
アイシャは、ベッドから降りて、カレンダーに近付く。
カレンダーには印が付いており、『ここまでに出会う!』と書き込まれていた。
「…………」
カレンダーをにらむ。
“運命の恋活動”を始めて――今日で一年だ。
今日、アイシャは十七歳になる。……つまり、期限までは、あと一年となった。
「おかしいなー? 予定ではもう、何人か候補の男の子とデートをしていてもいいはずなんだけどなー?」
アイシャは、腕組みをした。
近隣の村の男の子とやらとは、別に婚約しているわけではない。ただ、候補がある程度絞られており、十八歳になったらお見合いのような形をとる、という話らしい。――例外として、十八歳までに相手がいれば、そちらと結婚しても良いことになっていた。(前例はもちろんドリアード同士ですでに恋人がいたらって話みたいだ)
どちらにせよ、十八歳の誕生日までが期限なのだ。――ドリアードの森で生きていくなかで、この風習を打破するのは難しいだろう。
その日までに、自由恋愛を目指して活動しようと……アイシャは決めたのだ。
「アイシャー! 今日は学校がある日なんでしょ!」
「わわっ! そうだったぁ!」
母の声でアイシャは、慌てて身支度にかかる。
ささっと髪を梳かし、手早く着替え、白いワンピース姿になった。
「……ここに花、つけとこうかな。……うーん。……えいっ」
アイシャは、窓の方へ手をかざす。すると、淡い光とともに、窓を覆っていた蔓草がススス……と、はけた。簡単な魔法だから、呪文も必要ない。
窓は、壁に丸い穴がくりぬかれただけのものだ。穴を覆っているものがなくなったので、あたたかな日の光と、葉の匂いを運ぶ風が入ってくる。……蔓草があっただけなので、先ほどからも少々入ってきていたが。
「これがいいかな~♪」
アイシャは窓から顔を出し、花をいくつか摘んだ。――家に巻き付いている、蔓性の植物の花だ。
スカートにもいくつか花をつけて、デコレーションしていく。やがて完成。姿見の前でひらりと一周回る。
「よし! いい感じ!」
髪の花とも合ってる。今日の服装が決まった。
アイシャの家は、大木の中にあった。……厳密には、大木にした木の中にあった。
ドリアードたちは、自然に育ったオークの大木を、さらに魔法で大きく育てる。幹に開いた樹洞を広げ、中をぐねぐねと改装して、家を造る。――つまりは木の幹の中が家だった。幹の中で、部屋はいくつかに分かれている。それらはきっちりとした四角い部屋にはならず、たまにごつごつとしたこぶが飛び出ているような、天井も弧を描いているような、そんな部屋になった。
この家は、今も木として生きているのだ。
アイシャが、鏡の前で決めポーズをしていると――、
「よっ!」
「きゃあっ!?」
窓から、隣の家に住む・キールの顔が覗いていた。
「み、みみみ見てたの!? いつから!?」
「鏡の前でくるくる回ってる時から」
「なんでいるのー!!」
「いつもじゃん」
「それはそうだけどっ! ……そうかなっ? とにかくっ! 鏡でポーズ取ってるときにいないでー!」
「んな無茶な……」
キールは、ぽり、と頬をかいた。
窓の外には、ちょうど足場になる位置に枝が生えており、キールはその上に立っていた。
アイシャは、ちらりと窓の外を見る。――足場があると言っても、所詮は自然に生えた木の枝だ。なんの整備もない。落下したらひとたまりも無いだろう。
しかし、キールはそんなことを感じさせないほど、身軽に歩いて見せた。
「相変わらず、すごいバランス感覚だね……」
「普通だろ」
「そんなことはないと思うけど」
キールは、窓枠に腕を置くと、楽しそうに言った。
「くるくる回ってるから、お前、頭ボッサボサだぞ」
「なっ! キールみたいなツンツン髪の人に言われたくないよ!」
「俺は元からこーいう髪なの!」
そう言って、キールは自身の黒髪を指さした。
アイシャは、
(っていうか、そんなに回ってないんだけど!?)
と思いながらも、ちょっと気になってきて、ブラシで髪を梳かし始める。髪に咲いている花に気をつけながら、整えていく。
髪に花が咲く以外は、ドリアードは人間と近い外見をしていた。
「早くしろよー! もう行くぞ!」
「そっちが髪がボサボサだとか言うからでしょー」
「それは本当だし」
「むむむ……」
今日は、学校がある日だ。その日は、キールが家まで迎えに来るのが日常だった。……なぜか毎度、窓からだ。
アイシャは言った。
「あ、私まだ朝ご飯食べてないんだ! 絶対食べたいんだけど!」
「……まあ食えばいーけどさ。急げよー。だいたい、起きるのが遅いんだよ!」
「あのね、違うの! 今日はイイ夢だったの!」
「へぇ、どんな?」
「何が違うんだよ」とは突っ込まずに、キールが尋ねる。
アイシャはにっこり堂々として言った。
「イケメンパラダイス!」
「…………はぁ?」
「多種多様な種族のイケメンが次々に花束をくれて……! うーんと、たぶんそんな感じだった!」
「…………」
キールはあからさまに呆れたような顔をした。
眉をゆがめ、頬杖をついてしばらく無言だった。
やがてキールは窓から離れると、
「……俺、先に行ってるからなー」
「ああっ! ちょっと待って! 朝ご飯食べてくるからー!」
アイシャは慌てて自室を飛び出した。