第25話 精霊の木へ行こう
「な……なかなか大変なところにあるんだね……」
土を踏みしめながら、アイシャは言った。
木の根には苔が生え、落ち葉を踏んだと思ったら滑る。
登り坂もまっすぐではなく、地面は斜めに傾斜があったりして、歩きにくくなっていた。
村の北部――山の中に、アイシャら一行はいた。
精霊の木は、祭りの広場のさらに北側の森に鎮座している。
そこへは、一時間ほど歩けば着くのだという。だがこれは、ドリアードたちと同行した場合だ。精霊の木の周りは、『迷いの森』と呼ばれている。ドリアードの案内なしで行こうと思ったなら、三日三晩は――いや、もっとかもしれない――抜け出せないだろう。
生い茂る木々は一面の緑で、どこまでも樹木の海が続いている。
アイシャたち一行は全員で10人。アイシャ、トリス、キール、長老、それから青年団から6人だ。
アイシャは、隣を歩く長老に話しかけた。
「精霊の木までって、村みたいに吊り橋で行けないの?」
「バカじゃのうアイシャ。行きやすければ、いざという時に守ることができぬじゃろうが。あの木のために、森に結界をはっておるのじゃぞ」
「あ、そうだった!」
「……」
長老は、アイシャには返事をせずに、山登りを再開した。
この山は、歩くのはしんどいが、徒歩でいけるし、足で歩いていけるようなタイプだった。人が通れないような場所ではない。――それゆえに、『迷いのまじない』がかけてあった。
アイシャが、大きな木の根にもたもたしていると、キールが手を差し出した。
「ほら」
「ううん、大丈夫! まだまだ元気だよ」
「……そうかよ」
キールは手を引っ込めると、木の根を大股で超えた。
「ははーん。大股で飛び越えれば良かったんだね!」
アイシャは、ちびちび根っこ歩きから、大股根っこ跨ぎに変えた。
「なるほどねー! はじめからこうすればよかった!」
「……なるほど。そうすればよかったのか」
「トリスさま……あっ……トリス!」
アイシャの後ろからやってきたのは、トリスだった。
「ふぅ……。なかなかきつい傾斜だね」
トリスは、ふふっと笑うと、アイシャの隣に並んだ。
「休みたかったら言ってくれって、長老が言ってたよ。アイシャは大丈夫?」
「まだ全然大丈夫!」
「そっか」
トリスが隣に並んだことで、アイシャは顔を明るくした。
トリスが腕で汗を拭う。と、汗の匂いがするようで、アイシャはドキッとした。慌てて目を逸らしてしまう。
(……どき?)
胸に覚えた疑問も束の間――
アイシャの足元は、突如崩れた。
「きゃああああっ」
ばさっ
「……?」
ずとんと落ちた!――と思ったが、衝撃は軽い。
アイシャは薄く目を開ける。
周りを落ち葉が舞っていた。
アイシャは木の根を踏んだのだが――それが腐っていたのだ。1メートルほどの穴の下へ落ちてしまった。
「びっくりしたぁ……」
(よそ見をしてたからだ~……)
立ち上がってお尻についた土を払う。
幸い、穴の下の土は柔らかく、また落ち葉が積み重なっており、どこも痛くはなかった。
「アイシャ! 怪我してない?」
アイシャが顔を上げると、穴の上からトリスが手を差し伸べていた。
「う、うん」
(手!)
アイシャは、ドキドキしながらトリスの手をとる。
と、そこへ、
「おい! 大丈夫なのかっ!?」
血相を変えたキールが飛んできて、穴を覗いた。
アイシャと目が合う。
「あ……」
アイシャは、トリスの手を掴んだところだった。
キールは息をのんだ。
「……!」
「大丈夫! ありがと!」
アイシャは片手でキールへ手を振る。
それからトリスの手に掴まって、上へと登った。
「ありがとう、トリス。――あわわっ!」
――上に引き上げられた弾みで、アイシャはよろけてしまう。
それを、
とん、
と、軽く――トリスが腕で抱き留めた。
「わっ……。大丈夫かい?」
「あ、ありがとう……っ」
トリスの体温を感じ、アイシャの顔はカアと赤くなった。
心臓はドキドキと跳ね続けている。
(ひえ~! か、体を支えてくれるためとはいえっ。ちちち近い……っ!)
「ふふ。怪我がなくて良かったよ。気をつけてね」
耳元で発せられた声に驚き、アイシャは慌ててトリスから離れた。
(なんか……わかんないけど! 恥ずかしかった! ……これはたぶん……あれだね!)
「恥ずかしいな~! 私、ドリアードなのに! 人間のトリスの方が上手に山道を歩けてるなんて!」
アイシャは、少し勘違いをしていた。
トリスは首を振る。
「いや、僕もさっき転びそうになったんだよ……。落ち葉が多いからね。豊かな森の証拠だし、いいことだね」
「そっか……!」
「いっしょにがんばろう」
「うん!」
(トリスに負けないように、しっかり歩かなくっちゃ!)
アイシャは、再び歩き始めた。
トリスと談笑しているアイシャとは対称的に、キールは独りごちる。
「……んだよ。俺だって手を貸そうと思ったのに……」
アイシャが穴に落ちた時――キールは慌てて飛んで行ったが――アイシャはすでにトリスの手を取っていた。
その光景が、嫌な予感を拭わせてくれない。
その少し前も、アイシャはキールの手を取らなかった。
「なにが、『私の御守を頼んだよ』だよ、クソ……っ」
キールは、掴まれなかった手を、ぎゅっと拳にした。