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第23話 花祭り③


お祈りの儀式は、広場の中央――祭壇の前で行う。

 広場の中央には飾り付けられた祭壇があり、その一番上には、大きな『花かんむり』が飾られていた。

 

 祭壇までの道を、村人達が花籠を持ってずらりと横に並んで作る。そこにはマリィも並んでいる。この村人たちからのフラワーシャワーを浴びながら、アイシャたちは祭壇へと向かうのだ。

 

 村人たちは、興味深そうにアイシャたちを見ている。

 

(みんなこっち見てる……! すっごい見られてるよー!)


 それもそのはず、このお祈りの儀式こそが、今日のお祭りのメインなのだ。


(な、なんか緊張してきちゃった……)


 アイシャは、花籠の持ち手を握りしめた。

 


 長老が言った。

 

『まず、最初に巫女が、司祭様に花びらをかけるのじゃ』

「はいっ」


 アイシャは、籠から花びらをむんずと掴んで、トリスに振りかけた。

 ふわりとしたつもりだったが、


 バサッ……


「あ……」


 トリスの顔面にかかってしまう。

 アイシャは青ざめた。

 

「ひぇっ!? か、顔にかけちゃった……! ご、ごめんなさい……!」

 

 トリスは面食らって、目をぱちくりとさせている。

 トリスは青い顔のアイシャを見ると――花びらを顔に乗せたまま、小さく笑顔をつくった。

「大丈夫だよ。頑張って」

 

 長老が小声で指示を出す。

「……アイシャ。頭のもうちょっと上のあたりに向かって撒くのじゃ」

「え、えぇーい!」


 ふわり、ぱらぱら……


 今度は上手くいった。


(わっ……! できた! できたよー……!)

と長老の方を見ると、長老は不安げな目でアイシャを見ていた。


(あ、あはははは……。ば、挽回しなくっちゃ!)


「……二人とも。歩くのじゃ」

「はい」


 それから三人は、村人達からのフラワーシャワーを浴びながら進んでいった。

 みんなから花びらをかけられ、それにトリスは手を振って応えていった。


「…………」


 アイシャは、顔を(こわ)()らせながら、そして手と足を同時に出しながら、なんとか進んでいった。


 祭壇までの距離はそう遠くなく、三人はすぐにそこまで辿り着いた。

 

 トリスは、祭壇の前にある椅子に腰かける。

 村人たちも段々と静かになり、――いよいよお祈りの儀式が始まるのだ。



アイシャは、飾られていた花かんむりを手に取った。それは直径30センチほどで、アイシャはそれを持ってトリスの隣へ並んだ。

 

 昨夜の、ノアの言葉を思いだす。


――「『お祈り』の途中。巫女は花かんむりに、魔力を注がないといけないのよ。だからそれを、あなたにしてほしい」


(えぇっと……魔力!)

 

 アイシャは、魔法を使う時のように、お腹に力を入れた。いつもならここで呪文を詠唱するが、今日は口には出さない。魔力の流れを花かんむりに集中させる。

 

(みんなが平和な日々になりますように! みんなが素敵な日々を過ごせますように! そして精霊の木のご加護が、この先もずっと私たちにありますように!)

 

アイシャがそう力を込めると、淡い光が(つる)(くさ)のようになり、花かんむりに巻き付いた。

 かんむりに使われた植物はしゅるしゅると伸びだし、葉も花も数を増やしていく。花かんむりは、直径50センチほどに膨らんだ。(つぼみ)だった花はすべて咲き、満開の花かんむりとなった。

 

(え、え――! 結構大きくなった! これじゃあ、頭に乗せられないよ……!)

 

 これをトリスの頭に乗せる()(はず)だったが、乗せるとどうもすっぽり落ちてしまいそうなくらい大きくなってしまった。


(………………)


 アイシャは、花かんむりをトリスの頭上に掲げた。被せられないので、手を離さずにアイシャが持ったままだ。

 

 アイシャがチラリと長老を見ると、長老は頷いた。


(ってことは……、これでいいってことだよね)

そう思うことにした。


 長老による、祝詞(のりと)が始まる。今日までの平和へのお祝いの言葉を述べ、人々の安全と、森の呪いを強化する魔法の呪文を唱えた。

 アイシャは緊張していたが、トリスもまた、緊張しているようだった。先ほどのにこやかな笑顔とは違い、トリスはそれを強張った表情で聞いていた。背筋がピンと伸びている。長老が唱え終わるまで、それは続いた。


 そうして祝詞(それ)が最終章にさしかかると、今度はトリスが唱えだした。


(えっ!? トリス様が!? なんで!?)


 聞かされていなかったアイシャは驚いた。

 トリスは、祝詞をすらすらと暗唱した。

 その様子は、神々しささえ感じられ、――実際に、力がでていたのだろう。

 アイシャは、ほう、と息をついた。


 辺りはほのかに暖かくなり、きらきらとした光の粒子が空中に舞った。


(綺麗……。辺りの空気まで変えてしまうなんて、私たちの魔法とは少し違うみたい)

 

 祝詞を唱え終わると、アイシャの持つ花かんむりはまたしゅるしゅると大きくなっていく。


(えっ! また大きくなるの!?)

 

 それは――やがて直径70センチくらいになった。


(ひぇぇ。花かんむりが、重くなってきた……! ぐ、ぐぎぎぎ……)

 

 ずしん、と腕に重さがかかり、アイシャは体に力を入れた。もはや、踏ん張って抱えている。アイシャは、花かんむりを落としてしまわないように、必死で支えていた。


(これって、こんなに毎年大きかったっけ? ……トリス様が、すごすぎるのかな……?)


 祝詞が終わると、村人達は盛大な拍手をした。ワッと歓声が響く。

 村人たちはフラワーシャワーの際に半分ほど残していた花びらを、今度は残さず全て撒いた。皆、籠の中を空っぽにした。


 こうして、花祭りのお祈りの儀式は、終わったのだった。

 


 祈祷が終わると、村人たちはまた自由に話し始めた。

 

「はぁ……はぁ……。ありがとう、ございました……」


 言いながら、アイシャは花かんむりを再び、元の祭壇に引っかけた。

 

(……なんか、だいぶ大きくなったなぁ)


 花かんむりを眺めていると、トリスがアイシャの隣にやってきた。


「お疲れさま」

「お疲れさまですっ」

「なんとかできた、かな……?」


 トリスは、少し自信なさげな表情だ。

 アイシャは、それを払拭するように努めて明るく言った。


「はいっ! トリス様、祝詞を唱えられていて、びっくりしちゃいました!」

「……少しだけでも、と思って。昨日長老から習ったんだ。少しだけで申し訳ないんだけど……。変、だったかな?」

「そんなそんなっ! (りゆう)(ちよう)だったしっ! すっごく素敵でした!トリス様の聖なる力を、精霊の木もきっと感じ取ってくれますよ!」

 

(記憶もなくて不安だろうに、祭りの祝詞を暗記してくれたんだ……!)


「本当、すっごくよかったです!」

 

 アイシャは力強くそう言う。

 トリスは――眉を下げながら笑った。

 

「そうだといいな。ありがとう、アイシャ。……始まる前に、手を握ってくれて」

「え……」


 風が吹いて、トリスのサラリとした髪が、キラキラしながら揺れた。

 

(どうしよう――……)


 こんなにキラキラした男の子を見るのは、初めてだった。

 


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ドリアード姫と護衛の幼なじみ

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