第22話 花祭り②
アイシャは、長老とトリスの前に着くと、大きな声で挨拶をした。
「おはようございます!」
「おはよう、アイシャ。今日の花祭りの巫女は、アイシャなんだってね。心強いよ」
トリスが微笑みながら返してくれた。
「そんなそんなっ! ていうかっ! 名前、覚えててくれたんですか?!」
「自己紹介してくれたじゃないか」
「えへへ……」
アイシャは、改めてトリスの装いを見た。
トリスは、司祭様用の衣装を着用していた。毎年村の方で用意をしていている司祭様の衣装は、こちらもアイシャの巫女服と同様の、白を基調としたデザインだ。
シルクの生地は上等で、色白のトリスによく似合っていた。
服には金糸で刺繍がはいっており、それはアイシャの巫女服と似た意匠だったが、それよりも多くの文様が縫われていた。
トリスの体は目覚めてから一日が経ち、村人たちによって身支度を整えられている。
手入れを施された白銀の髪が、風が吹くとサラサラと揺れた。その白銀の髪と、真っ白な衣服とが合わさって――司祭様の衣装は、まるでトリスのために誂えたかのように見えた。
ドキ……。
アイシャは、そんなトリスの姿を見ると、胸が鳴るのを感じた。
(これから、隣に、並ぶんだ……)
そう思うと、胸のドキドキはより一層大きく鳴るのだった。
トリスは、微笑むとアイシャに手を差し出した。
「よろしく」
「は、はいっ! ……あ」
握手をする際に、袖口からのぞく腕にある包帯が見えた。
しかし。
包帯はしていたが、……その範囲は狭い。よく見ると、小さな傷はほとんど目立たなくなっていた。
もう一度トリスの顔を見る。――顔に傷はなかった。
「あれ、傷が……」
「うん。……不思議だよね」
トリスが、自身の腕をさすった。
「ほっほっほっ」
長老が笑って言った。
「さすがは王都の司祭様。聖なる力があれば、傷など立ち所に治るというのは、本当のことなんじゃなぁ」
「……記憶はなくても、こういう力は、ちゃんと残ってるんですね……」
「能力は、日々の積み重ねで成長する。だが、その『能力の積み重ね』と『記憶』は違うものということじゃ」
「記憶……」
(じゃあ、私が記憶喪失になっても、魔法は使えるってことかな)
アイシャは思ってから、
「あ、そうだ! あれから、記憶はどうですか?」
「ううん……。変わらないよ。……僕がこんな状態のまま、みなさんの大事なお祭りに臨んでしまって、申し訳ないです……」
トリスの不安げな瞳が揺れる。
(どうしよう……!)
アイシャは、とっさに両手でトリスの手を包み込んだ。
「きっと大丈夫ですっ! 出来ますっ!」
「えっ…………。な、なんで……」
「えぇーっと、私も巫女、初めてです! だから、ねっ! えーとえーと、そうだ! 祝詞は長老が唱えますしっ! きっと大丈夫です!」
「あ……」
トリスは、握られた手を見ている。
そのことに気がつくと、アイシャは慌てて手を離した。
「えーとえーとそうだっ! 私も巫女のやり方、当日長老に指示をもらえばイイって、聞いてるし! だから、長老、指示よろしくです!」
「……えぇ? おまえ練習しとらんのか?」
長老が呆れた顔をした。
アイシャは両手を合わせて、お願いポーズをした。
「したけど! ちょっと忘れたかも!」
「……はぁ。まったく……。ノアの推薦だから了承したが……もっと優秀なやつはおらんかったのかのぅ」
「私、優秀らしいよ!」
「…………そうらしいの」
長老は、頭を押さえた。
(はぁーっ。危なかった……)
アイシャは「あはは」と笑って言った。
「だからきっと、トリス様も大丈夫ですっ! 一緒にぶっつけ本番頑張りましょう!」
「えっと……」
「はぁ……不安じゃ……」
「あはははっ」
アイシャと長老が和やかに笑う様子を見て――いや長老は苦笑だったが――、トリスは幾分か落ち着いたようだった。
再び、元の穏やかな雰囲気にもどった。
(良かった。私が少しでも、トリス様の緊張をほぐせるといいんだけど!)
アイシャは、にっこり笑う。
これから始まるお祈りの儀式に――トリスといっしょにできることに、わくわくしていた。
「これが、巫女用の花籠よ」
「ありがとう! おばさん!」
村人から花びらの入った籠を渡され、アイシャはその持ち手を腕にかけた。
(これで……準備は終わったかな)
ごほん、と咳払いをして、長老が言った。
「ではトリス様、アイシャ。始めるぞ」
「はい」
「はいっ」
もうすぐ花祭りのお祈りが、始まるのだ。